何気ない、どこにでもある缶ケース。
海苔やお菓子を入れる、ごくありふれた商品の一つである。
一般的な缶は、1個100円から200円程度。
競合も多く、価格競争に陥りやすい。
しかし、その缶を単なる「入れ物」ではなく、お客様の思い出や大切な時間を残すためのものへ変えた企業がある。
その商品は、1缶3,000円。
一般的な缶の10倍以上である。
それでも年間1,700個が売れている。
なぜなのか。
答えは、缶そのものではなく、
「何を入れるのか」「なぜ残すのか」という用途に価値を持たせたこと
にある。
今回は、「用途×商品」という発想で利益構造を変えようとしている側島製缶の事例を紹介する。
100年以上続く缶メーカー
側島製缶は、1906年創業の缶ケースメーカーである。
現在は6代目。
従業員は約40人。
取引先は300社以上あり、海苔やお菓子など、さまざまな商品を入れる缶を製造している。
缶には、中身を光や湿気から守る役割がある。
形や大きさもさまざまで、顧客の要望に合わせて製造する。
1日に1万缶以上を生産することもある。
一見すると、典型的なBtoBの製造会社である。
しかし、一般的な缶は低単価である。
他社でも作れるとなれば、比較されるのは価格と納期になる。
つまり、典型的な薄利多売の構造になりやすい。
「入れ物」から「思い出を残すもの」へ
そんな中、側島製缶が開発したのが、自社商品「sotto」である。
用途は、親子の思い出を残すこと。
例えば、
子どものへその緒。
初めて使ったおしゃぶり。
幼い頃に書いた手紙。
大切にしていた小物。
成長の記録。
こうしたものを一つの缶に収める。
そして、子どもが大人になった時に渡す。
単なる収納ケースではない。
親子の時間そのものを保存する商品
である。
デザインにもこだわり、北欧のデザイナーを起用している。
価格は約3,000円。
一般的な缶と比較すると非常に高い。
しかし、お客様が買っているのは鉄板を加工した缶ではない。
「子どもの成長を残したい」
「いつか大人になった子どもへ渡したい」
という思いである。
商品そのものは缶でも、提供価値が変われば価格も変わる。
ここに、側島製缶の成長のヒントがある。
100円の缶と3,000円の缶は、何が違うのか
非常に興味深いのは、原材料だけを見れば、30倍の違いがあるわけではないことだ。
違うのは、
「缶にどんな意味を与えたか」
である。
100円の缶は、
「ものを保存するもの」。
3,000円のsottoは、
「家族の記憶を保存するもの」。
機能から情緒へ。
商品から体験へ。
この転換によって、顧客が比較する軸そのものが変わる。
一般的な缶と価格比較されなくなるのである。
これは、多くの中小製造業にも応用できる考え方だと思う。
高付加価値化とは、必ずしも最新技術を開発することではない。
今ある商品に、
「誰の、どんな場面で、どんな意味を持たせるか」
を加えるだけでも価値は変わる。
1個から作れるという強み
側島製缶には、もう一つ特徴がある。
一般的なオーダーメイド缶では、最低3,000個程度のロットが求められることが多い。
しかし同社は、あらかじめ一定の缶を在庫として持つことで、1個からの注文にも対応している。
これは非常に大きな強みである。
例えば、
小規模ブランド。
個人商店。
イベント。
記念品。
限定商品。
試作品。
こうした用途では、大量ロットは必要ない。
「まず100個作って反応を見たい」
「イベント限定で50個だけ欲しい」
という需要もある。
通常の缶メーカーでは採算が合わない市場に、側島製缶は入ることができる。
つまり、
小ロット対応そのものが、新しい用途を生み出す入口
になっている。
しかし、小ロットは利益を壊す危険もある
一方で、ここは強みであると同時に課題でもある。
1個でも対応できる。
これは顧客にとっては非常にありがたい。
しかし製造側から見ると、
設計。
段取り。
機械調整。
検品。
出荷。
といった固定的な作業は、1個でも1,000個でも発生する。
特に缶の切断工程では、0.1ミリ単位の機械調整が必要になる。
小ロット案件が増えすぎれば、売上は増えても利益が残らない可能性がある。
だからこそ、
「何でも1個から作ります」
だけでは危険である。
必要なのは、
オーダーメイドをセミオーダー化すること
だと思う。
例えば、
サイズ。
形。
色。
印刷。
用途。
を一定のパターンに整理する。
完全な一品物ではなく、
「基本パターン+一部カスタマイズ」
へ変える。
これなら、小ロット対応という強みを維持しながら、生産性も高められる。
昔は「こんな会社、辞めた方がいい」と言われていた
側島製缶の興味深いところは、商品だけでなく、組織も大きく変わったことだ。
わずか数年前まで、社内の雰囲気はかなり厳しかったという。
怒鳴り声が飛び交う。
泣いている社員もいる。
顧客から急な依頼が入れば、予定していた仕事はすべて後回し。
完全な「発注先ファースト」の働き方だった。
社員からは、
「こんな会社、早く辞めた方がいい」
と言われるほどだった。
さらに、お中元やお歳暮市場の縮小によって、売上は20年間で約3分の1まで低下。
赤字も経験した。
そこで社長は、会社そのものを変える必要があると考えた。
最初に変えたのは「経営理念」
興味深いのは、最初に設備投資や新商品開発へ動いたのではないことだ。
まず取り組んだのが、経営理念づくりだった。
最初は社員も、
「何を言っているのか分からない」
という雰囲気だったという。
それでも社長は、粘り強く説明を続けた。
最終的に作られたミッションが、
「世界にcanを」
である。
缶の「can」と、
「できる」という意味のcanを掛け合わせた言葉だ。
さらに、その考え方を「側島ブック」という冊子にまとめ、社員へ共有した。
現在では、朝会で社員自身がその中の言葉を取り上げ、自分の考えを話す。
社長が言ったからやる。
↓
自分がやりたいからやる。
少しずつ、組織が「他人軸」から「自分軸」へ変わった。
経営理念は、商品開発にもつながっている
経営理念というと、
「きれいな言葉を作って壁に貼るもの」
というイメージを持つ人もいる。
しかし、側島製缶ではそうではない。
理念が、
働き方。
商品開発。
顧客との向き合い方。
にまでつながっている。
例えば、自社商品sottoも、
「ただ缶を作る」
という発想だけでは生まれない。
缶で何ができるのか。
缶によって、どんな幸せを届けられるのか。
という問いが必要になる。
「世界にcanを」という言葉は、単なるスローガンではない。
新しい用途を考えるための判断軸
にもなっているのだと思う。
BtoB企業だからこそ、使われ方が見えない
現在、側島製缶の売上の中心はBtoBである。
ここにも大きな課題がある。
缶を納品した後、
どの商品が入ったのか。
店頭でどう並んでいるのか。
消費者はどう感じたのか。
どのように再利用されているのか。
メーカー側には見えにくい。
しかし、本当に新しい用途を作ろうとすれば、
納品後の世界
を知る必要がある。
そこで同社では、「Motto」と呼ばれる社内ミーティングを行っている。
納品した缶が店舗でどのように使われているか。
消費者がどんな反応をしているか。
そうした情報を社内で共有する。
これは非常に重要な仕組みだと思う。
なぜなら、新しい商品のヒントは、工場の中ではなく、
顧客が実際に使っている場面の中にある
からだ。
構造はどう変わったのか
側島製缶の変化を整理すると、三つの大きな転換が見えてくる。
商品
以前は、代替可能な低単価の缶が中心だった。
現在は、自社の思いや用途を込めた高付加価値商品へ挑戦している。
働き方
以前は、
「発注先に言われたからやる」
という他人軸だった。
現在は、
「自分たちは何をしたいのか」
を考える働き方へ変わりつつある。
組織
殺伐とした雰囲気から、
経営理念を共通言語として話せる組織へ。
つまり、側島製缶が変えたのは商品だけではない。
商品と組織を同時に変えた
ことが重要である。
側島製缶の本当の強み
同社の強みは、大きく四つあると考える。
1.小ロットへ対応できる生産の仕組み
1個からでも対応できる。
この柔軟性は、大手企業には真似しにくい。
2.顧客の「使われ方」を共有する仕組み
納品して終わりではなく、その後どのように使われているかを確認する。
この接点が、次の商品開発へつながる。
3.理念を現場の行動へ落とし込んだ組織文化
経営理念を冊子にし、朝会で社員自身が語る。
理念が単なる言葉ではなく、判断基準として機能している。
4.「用途×商品」を形にした実績
sottoという商品によって、
「缶は入れ物」
という常識を壊した。
これは今後の商品開発でも使える重要な成功体験である。
最大の課題は、ヒット商品がまだ「偶然」に近いこと
sottoは素晴らしい商品である。
しかし、一つのヒット商品があることと、
ヒット商品を継続的に生み出せること
は違う。
今後重要なのは、
用途開発そのものを仕組みにすること
だと思う。
例えば、すべての案件について、
何を入れるのか。
誰が使うのか。
どんな場面で使うのか。
贈答なのか、展示なのか、保管なのか。
購入理由は何か。
利用後にどう使われているのか。
を記録する。
そして、似た用途をまとめる。
例えば、
思い出保存。
贈答。
趣味用品。
ペット。
子育て。
防災。
インテリア。
といった用途DBを作る。
さらに、過去の設計データと紐付ける。
そうすれば、
「この用途なら、この缶形状、このサイズ、この加工」
という設計パターンが見えてくる。
偶然の用途発見を、再現可能な商品開発へ変えられる。
短期:儲かる用途を見つける
短期では、まず採算性を可視化する。
商品別。
顧客別。
用途別。
チャネル別。
特に重要なのは、
「売上が高いか」
ではなく、
「どの用途が利益を生んでいるか」
を見ることだ。
小ロット対応では、
設計工数。
段取り時間。
機械調整時間。
試作回数。
梱包・出荷作業。
まで含めて採算を見る必要がある。
同時に、顧客との直接接点を増やす。
SNSやイベントを使い、
購入理由。
使い方。
改善要望。
思いがけない利用シーン。
新商品アイデア。
を収集する。
SNSは広告媒体ではなく、
用途発見のためのデータ収集装置
として使う方がよい。
さらに、用途と設計データを紐付け、セミオーダー化の基盤を作る。
中期:「用途を発見する会社」へ
中期では、集めた顧客データを使い、新商品開発を仕組み化する。
例えば、
顧客の声を集める。
↓
用途を分類する。
↓
ニーズが多い用途を選ぶ。
↓
試作品を作る。
↓
既存顧客へテスト販売する。
↓
反応を見る。
↓
本商品化する。
という流れを標準化する。
重要なのは、
「商品会議を開催する」
ことではない。
顧客の声から商品化までのプロセスそのものを仕組みにすること
である。
一方、LTVについては少し注意が必要だ。
缶は消耗品ではない。
同じ商品を毎月買ってもらう定期購入には向きにくい。
だから、
「定期便」
よりも、
誕生。
入学。
成人。
結婚。
出産。
家族の記念日。
といった人生イベントに合わせ、別の用途の商品を提案する方が自然だろう。
例えば、sottoを購入した家族に、
入学記念ボックス。
成人記念ボックス。
家族の思い出ボックス。
などを提案する。
同じ商品を繰り返し売るのではなく、人生の節目ごとに新しい用途を提案する。
側島製缶らしいLTVの伸ばし方だと思う。
長期:「缶のメーカー」から「思い出を残すブランド」へ
長期では、単に自社商品を増やすだけでは弱い。
側島製缶が持つ最も面白い価値は、
大切なものを残す
という点にある。
sottoで培った、
「親子の思い出を残す」
という価値を深掘りする。
例えば、
家族。
子育て。
ペット。
趣味。
記念日。
手紙。
写真。
人生の節目。
こうした「残したいもの」の用途に絞り、自社ブランドを育てる。
そうすると、側島製缶は、
「缶を作る会社」
ではなく、
「大切な時間や思い出を残すための商品を作る会社」
へ進化できる。
これは、まったく別の業界へ飛ぶ話ではない。
今ある、
缶。
保存性。
小ロット生産。
デザイン。
用途開発。
という資産の延長線上にある。
まとめ
側島製缶の事例から学べるのは、
どこにでもある商品でも、
用途を変えれば、価格競争から抜け出せる
ということである。
1缶100円の市場で、
3,000円の商品が売れる。
その違いは、材料費ではない。
缶に込められた意味である。
ものを入れる。
↓
思い出を入れる。
商品を変えたのではない。
商品が担う役割を変えた。
さらに興味深いのは、商品開発だけでなく、組織そのものも変わっていることだ。
やらされて働く会社から、
自分たちが何をしたいのかを考える会社へ。
その組織文化が、新しい用途を生み出す土台になる。
今後の成長で重要なのは、sottoという一つの成功を偶然で終わらせないことである。
顧客の使い方を集める。
用途を分類する。
設計データと紐付ける。
試作品を作る。
小さく販売する。
反応を見て改善する。
この循環を回し続ける。
そうすれば、側島製缶の本当の強みは、
「缶を作る技術」
ではなく、
「顧客の大切なものを見つけ、それを残す商品へ変換し続ける力」
になる。
普通の缶を、高付加価値商品へ変えたもの。
それは最新設備ではなく、
「この缶には何を入れるのだろう」
という、用途を見る視点だったのだと思う。

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