最近、よく考えることがある。
名刺から会社名と役職を消したとき、自分には何が残るのだろう。
大企業にいると、役職が上がる。
課長、部長、役員。
もちろん、そこまで上がるには相応の努力も能力も必要だ。
組織を動かす力、社内を調整する力、部下をマネジメントする力。
どれも立派な能力だと思う。
ただ、一つ怖いことがある。
その能力は、会社の外でも価値を持つのだろうか。
「○○会社の部長」を取ったら、何者なのか
会社にいると、いろいろな人が会ってくれる。
お客様も話を聞いてくれる。
部下も報告に来る。
会議では、自分の発言を聞いてもらえる。
でも、それは本当に「自分」に対するものなのだろうか。
もしかすると、
「○○会社の部長だから」
なのかもしれない。
会社を辞めれば、名刺から会社名も役職も消える。
そのとき、
「私はこんな仕事ができます」
と何を言えるだろう。
これは結構怖い問いである。
「社内で評価される能力」と「外で売れる能力」は違う
特に大企業では、社内で仕事をうまく進める能力が求められる。
調整する。
説明する。
会議をまとめる。
予算を管理する。
上層部へ報告する。
もちろん、これらも大切な能力だ。
ただ、それだけで、
「あなたにお金を払って仕事をお願いしたい」
と、会社の外の人から言ってもらえるかは別の話だ。
社内評価と市場評価は、必ずしも同じではない。
お金を払ってでも頼みたいものがあるか
自分が理想とするのは、もっと単純だ。
自分に何か得意なことがある。
それを使って、お客様の困りごとを解決する。
「助かりました」
と言ってもらえる。
そして、その価値に対して対価をいただく。
これは、とても分かりやすい。
会社の役職ではなく、自分の能力そのものに値段がついているからだ。
考えてみれば、これほど厳しくて、同時にうれしいこともない。
批評する人ではなく、価値をつくる人でいたい
役職が上がるほど、現場から離れることもある。
人の仕事を評価したり、問題点を指摘したりすることが増える。
もちろん、それも役割の一つだ。
ただ、自分は最後まで、
「では、あなた自身は何ができるのですか?」
と聞かれたときに、答えられる人でいたい。
評論だけではなく、自分の手で何かをつくれる。
誰かの困りごとを解決できる。
その力を持っていたい。
自分の「対外的な価値」は何だろう
では、自分の場合は何なのか。
まだ、はっきりと答え切れているわけではない。
ただ最近は、この問いを意識するようになった。
会社の中で何を評価されるかではなく、会社の外で何を必要としてもらえるか。
肩書は、いつかなくなる。
会社の看板も、いつか外れる。
だからこそ、その前に磨いておきたい。
名刺から会社名も役職も消したとき、
「それでも、あなたにお願いしたい」
と言ってもらえる何かを。
それがたぶん、本当の意味での「自分の強み」なのだと思う。

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