「戦略室」が戦略を決めない。大企業でスタッフ組織が無力化していく理由

経営・リーダーシップ

大企業には、格好いい名前の組織がたくさんある。

「経営企画部」

「事業戦略室」

「改革推進室」

「○○企画センター」

名前だけを見ると、会社の未来を考え、経営を動かしているように見える。

ところが実際に仕事をしていると、

「この組織は、一体何を決めているんだろう」

と思うことがある。

会議資料を集める。

各部門に数字の提出を依頼する。

フォーマットを作る。

進捗を集計する。

期限を守っていない部門に催促する。

そして上層部に報告する。

もちろん、それらも会社には必要な仕事だ。

しかし、それが「戦略」なのかと言われると、どうも違う。

最近、大企業で働きながら、

なぜスタッフ組織は無力化していくのだろう。

と考えることが増えた。

ライン部門は、逃げられない

営業やSE、事業部門など、いわゆるライン組織には分かりやすい厳しさがある。

お客様から仕事を取らなければならない。

売上をつくらなければならない。

利益を残さなければならない。

プロジェクトで問題が起きれば、お客様の前に出る。

価格交渉もする。

クレームも受ける。

納期も守る。

数字が悪ければ、その理由を問われる。

つまり、

結果から逃げにくい。

結果が悪ければ、自分たちに返ってくる。

だから嫌でも考える。

どうすれば受注できるか。

どうすれば利益が残るか。

どうすればお客様に納得してもらえるか。

どうすればトラブルを収束できるか。

このプレッシャーが人を鍛える面は、確かにあると思う。

スタッフ組織には「結果」が見えにくい

一方、スタッフ組織は少し事情が違う。

もちろんスタッフにも大変な仕事はあるし、優秀な人もいる。

ただ、構造としてラインほど市場や顧客から直接結果を突きつけられる機会は少ない。

売上が取れなかった。

失注した。

お客様から怒られた。

プロジェクトが赤字になった。

そうした結果が、自分たちの仕事と直接結びつきにくい。

その結果、仕事の評価が、

「何を変えたか」

ではなく、

「決められた仕事をきちんと回したか」

になりやすい。

資料を作った。

会議を開催した。

全社から情報を集めた。

ルールを制定した。

研修を実施した。

これらはすべて「やった」と説明できる。

しかし、

それによって会社の何が良くなったのか。

ここまで問われることは意外に少ない。

いつの間にか「意思決定する組織」ではなくなる

ここから、スタッフ組織の無力化が始まる。

本来、企画部門なら、

会社がどこへ向かうのか。

何をやめるのか。

どこへ人と金を投入するのか。

何を変えるのか。

といった意思決定に関わるべきだと思う。

ところが、意思決定そのものは上層部が行う。

スタッフは、そのための資料を作る。

さらに、その資料の材料をラインへ依頼する。

すると、

経営

スタッフ

ライン

という伝言ゲームが始まる。

「この数字を出してください」

「このフォーマットに記入してください」

「この日までに回答してください」

「役員報告があるので急いでください」

スタッフ側には重要な仕事でも、ラインからすると、

「これ、何のためにやるんだろう」

となる。

そして気づけば、

企画部が企画をするのではなく、ラインから情報を集めて資料にする組織になる。

名前は企画部。

仕事はExcelの回収。

そんな笑えない状態が生まれる。

なぜ、こんな状態が続くのか。

一つには、大企業には体力があるからだと思う。

資金がある。

人もいる。

一人や二人、生産性が低くても会社は潰れない。

一つの組織の役割が曖昧でも、すぐには経営危機にならない。

これは大企業の強みでもある。

短期的な利益だけでは判断できない研究開発や、新しい事業へ投資できるのも、この余力があるからだ。

しかし同時に、

成果を生んでいない仕事を抱え続けられる

という副作用もある。

そしてスタッフ部門が、社内で配置の難しくなった人材の受け皿になることもある。

本来なら、全社を動かすスタッフ部門ほど高い能力が必要なはずだ。

事業を理解する。

現場を理解する。

数字を読む。

利害関係を調整する。

経営と現場をつなぐ。

必要なら嫌われる決断もする。

むしろライン以上に難しい仕事かもしれない。

ところが、そこに十分な能力や権限を持たない人を集めてしまえば、当然、戦略を動かすことはできない。

残るのは事務処理になる。

平時には見えない。変革期になると一気に露呈する

この問題が最も怖いのは、平時ではそれほど目立たないことだ。

毎年同じ予算を作る。

毎月同じ数字を集める。

毎年同じ会議をする。

それなら、既存の仕組みを回していけばいい。

問題は、会社が大きく変わるときだ。

組織再編。

事業構造改革。

大規模DX。

制度変更。

新しい経営モデルへの転換。

こうした変化では、

「去年と同じようにやる」

が通用しない。

誰かが全体像を描き、

利害の異なる部門を調整し、

何を変えるかを決め、

現場へ落とし込まなければならない。

つまり、本当の意味での「スタッフ機能」が必要になる。

ところが普段から事務処理しかしていない組織に、突然、

「全社変革を統率してください」

と言っても難しい。

そして混乱が始まる。

最後にしわ寄せを受けるのはライン

さらに厄介なのが、スタッフ組織だけでは完結しないことだ。

全社施策を進める。

でも具体的な実行方法は決まっていない。

そこで、

「各部門で検討してください」

となる。

データが必要になる。

「各部門で集めてください」

となる。

新しい制度が始まる。

「現場で対応してください」

となる。

結局、

考えるところから実行するところまで、ラインへ戻ってくる。

しかもラインには、本業がある。

お客様対応。

売上。

利益。

プロジェクト。

人材育成。

トラブル対応。

その上に、

「全社施策への対応」

が乗ってくる。

大企業で働いていて、ときどき猛烈に嫌になるのは、この構図だ。

だったら、AIでいいのではないか

最近、少し意地悪なことを考える。

資料を集める。

数字を集計する。

会議資料を整える。

文章を要約する。

進捗を確認する。

定型的な問い合わせに答える。

それがスタッフ部門の中心業務なら、

かなりの部分をAIに任せたほうがいいのではないか。

むしろAIのほうが速い。

文句も言わない。

24時間働ける。

フォーマットも守る。

過去資料も検索できる。

人間のスタッフが価値を出す場所は、そこではないはずだ。

AI時代に残るスタッフは「事務屋」ではない

では、人間のスタッフには何が必要なのか。

私は、

意思決定に介在すること

だと思う。

数字を集めるのではなく、数字から何を変えるべきか考える。

資料を作るのではなく、経営に選択肢を示す。

ラインへ作業を依頼するのではなく、現場へ入り、一緒に問題を解く。

ルールを作るのではなく、そのルールによって本当に成果が出たのか検証する。

そして必要なら、

「この仕事はやめましょう」

「この制度は意味がありません」

「ここへ人を投入しましょう」

と提案する。

そこまでやって初めて、「企画」や「戦略」という名前に意味が出る。

AIに置き換えられるスタッフと、AIを使って会社を変えるスタッフ。

これから、その差は大きくなる気がする。

問題は「スタッフが無能」なのではない

最初、私はこの問題を、

「スタッフ部門には能力の低い人が多い」

くらいに考えていた。

でも、少し違うのかもしれない。

人の問題だけではない。

成果責任が曖昧で、意思決定権がなく、市場や顧客からのフィードバックも弱い場所に人を置けば、人は事務処理へ向かいやすい。

つまり、組織構造の問題でもある。

だから必要なのは、

優秀な人をスタッフへ配置することだけではない。

スタッフ部門にも、

「あなたたちは何を変える組織なのか」

を明確にすることだと思う。

資料を何枚作ったかではない。

会議を何回開催したかでもない。

ラインから回答を100%回収したかでもない。

会社の何を変え、どんな成果につなげたのか。

そこまで問われるスタッフ組織なら、かなり景色は変わるはずだ。

「戦略室」という看板だけでは、会社は変わらない。

戦略を考え、意思決定に介在し、現場と一緒に結果まで背負う。

それができない仕事なら、本当にAIに任せたほうがいい。

最近、大企業で働きながら、そんなことを考えている。

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