「走ってなんぼ」からの脱却。菱木運送に学ぶ、運行データで安全と利益を両立する経営

勝手に企業診断

物流業界は、いま大きな転換点にある。

物流2024年問題。

改善基準告示。

ドライバーの時間外労働規制。

これまでのように、

「たくさん走れば、その分だけ売上が増える」

という経営は難しくなっている。

限られた拘束時間の中で、どう効率よく運ぶか。

どう待機時間を減らすか。

どう荷役時間を短くするか。

どう安全を守りながら利益を残すか。

運送会社には、単なる「売上を増やす経営」から、

「時間当たりの収益性を高める経営」

への転換が求められている。

その第一歩になるのが、運行データである。

ただし、データを集めるだけでは意味がない。

重要なのは、

「どこで時間を失っているのか」
「どの荷主で利益が削られているのか」
「何を変えれば収益が上がるのか」

までつなげることだ。

この変化を、自社開発のアプリ「乗務員時計」で進めている会社が菱木運送である。

「あと数分」が、車両停止につながった

菱木運送は1971年創業。

従業員33人、トラック約30台を保有し、食品やペットフードなどを運ぶ運送会社である。

この会社の転機は、意外にも「数分」だった。

以前は、ドライバーが労働基準を守れているかどうかを、管理者が毎日確認していた。

違反があれば、

「なぜ守れなかったのか」

と管理者がドライバーへ確認する。

当然、現場では摩擦も起きる。

人が人を監視する。

注意する。

言い訳を聞く。

また注意する。

この繰り返しである。

そんな中、休息時間がわずかに不足していたことで労働基準監督署の監査が入り、車両1台が使用停止処分になった。

そこで経営者は気づく。

「人が人を管理するやり方には限界がある」

と。

人が管理するのをやめ、システムに任せた

そこで自社開発したのが「乗務員時計」である。

アプリでは、

連続運転時間。

休憩時間。

待機時間。

位置情報。

運行状況。

などをリアルタイムに近い形で確認できる。

ドライバー自身も、

「あとどれくらい走れるのか」

「休憩を取るべきタイミングはいつか」

を把握できる。

本部も状況を確認し、必要なら運行の変更や荷主への連絡を行う。

つまり、

人が人を叱って管理するのではなく、ルールをシステムで見える化した。

これは単なるIT化ではない。

組織の人間関係そのものを変えたDXだと思う。

最初は「自分の首を絞めている」と言われた

導入当初、周囲の反応は必ずしも好意的ではなかった。

同業他社からは、

「自分たちの首を絞めるようなものを作っている」

と言われたこともあったという。

確かに、

今まで曖昧だった労働時間を正確に見えるようにする。

走れる時間を制限する。

一見すると、

運送会社にとって不利な仕組みに見える。

しかし結果は逆だった。

ドライバーの法令意識が高まった。

安全運転を意識するようになった。

事故が大きく減った。

そして国から、安全運転に取り組む企業として表彰された。

さらに、

売上は維持しながら、利益は増えた。

ここが非常に重要である。

「走る時間を減らしたら、利益が増えた」

昔の運送業界には、

「走ってなんぼ」

という価値観があった。

長く走る。

多く運ぶ。

それが売上につながる。

しかし、走れる時間に上限ができた。

では売上が落ちるしかないのか。

菱木運送の結果を見ると、そうではない。

無駄な待機時間を減らす。

非効率な運行を減らす。

事故を減らす。

法令違反によるリスクを減らす。

結果として、

売上を維持しながら利益を増やすことができた。

つまり、

「時間を増やす経営」から、

「時間の質を高める経営」

へ変わったのである。

待機時間が見えると、荷主との関係も変わる

運送会社の生産性を下げる代表的な要因の一つが待機時間である。

荷物を積むまで待つ。

荷卸しまで待つ。

その時間もドライバーは拘束される。

しかし運送会社側だけでは解決できないことも多い。

だからこそ、データが重要になる。

菱木運送では、待機時間が長くなると本社から荷主へ連絡することもある。

これまでは、

「最近、待ち時間が長い気がします」

という感覚的な交渉だったかもしれない。

しかし、

「この荷主では平均○分の待機が発生しています」

「月間で○時間の拘束時間になっています」

と示せれば、話は変わる。

データが、荷主交渉の材料になる。

これは運送会社にとってかなり大きい。

私が考える菱木運送の本当の強み

この会社の強みは、単に「乗務員時計」というアプリを持っていることではないと思う。

本当に強いのは、

運行データを使って、現場の行動を変えていること

である。

ドライバーは法令を意識する。

本部は運行状況を把握する。

待機時間が長ければ荷主へ連絡する。

事故が減る。

利益が改善する。

つまり、

データ → 判断 → 行動

までつながっている。

DXで最も難しいのは、システムを入れることではない。

システムによって、人の行動が変わることである。

菱木運送は、そこまで進んでいる。

構造は、こんなふうに変わった

この会社の変化を整理すると分かりやすい。

ドライバーの考え方

走ってなんぼ

↓

法令を守りながら、安全に効率よく走る

管理方法

管理者がドライバーをチェックする

↓

システムがルールを見える化する

人間関係

管理者とドライバーが衝突する

↓

共通データを見ながら改善する

利益構造

長時間走って売上を作る

↓

限られた時間で利益を残す

単なるアプリ導入ではない。

これは、

運送会社の経営モデルそのものの転換

だと思う。

次の課題は「法令管理」から「経営管理」へ

一方で、次の成長を考えると、まだ大きな可能性がある。

乗務員時計は、すでに多くのデータを持っている。

拘束時間。

運転時間。

待機時間。

休憩時間。

位置情報。

これらを法令遵守だけに使うのはもったいない。

次にやるべきなのは、

運行データを収益性改善へ本格的につなげること

ではないだろうか。

短期:荷主別・車両別に「儲かる運行」を見える化する

まず取りたいのは、

荷主別。

車両別。

運行別。

の収益性である。

例えば、

拘束時間単価。

実車率。

積載率。

回転率。

待機時間。

荷役時間。

などを見る。

重要なのは、数字を並べるだけではない。

例えば、

拘束時間単価が低い。

↓

なぜ低いのか。

待機時間が長いのか。

積載率が低いのか。

回転数が少ないのか。

荷役に時間がかかっているのか。

を分解する。

そして、

本部とドライバーで改善策を考える。

ここまでやって初めて、

運行データが経営データになる。

「悪いドライバー」を探す分析にしてはいけない

ここで一つ注意したい。

ドライバー別データが見えると、

「誰が効率悪いのか」

をランキングしたくなる。

しかし、それだけでは危険である。

なぜなら、

同じドライバーでも、

荷主。

運行ルート。

車格。

積荷。

待機条件。

によって数字は変わるからだ。

だから、

「誰が悪いか」

ではなく、

「どの運行条件で生産性が落ちるのか」

を見る。

ここは非常に重要である。

せっかく人が人を管理する仕組みから脱却したのに、

データを使って再び人を責め始めれば、元に戻ってしまう。

データは、

監視の道具ではなく、改善の共通言語

として使うべきだと思う。

中期:「安全に働ける会社」を採用力へ変える

物流業界の大きな課題が、ドライバー不足である。

給料を上げれば採用できる。

もちろん、それも一つの方法である。

しかし求職者が見るのは、賃金だけではない。

無理な運行はないか。

ちゃんと休めるのか。

事故が多い会社ではないか。

管理者から理不尽に怒られないか。

長く働ける会社なのか。

ここで乗務員時計のデータが使える。

例えば、

平均拘束時間。

休息時間遵守率。

年間事故件数。

長時間待機の改善実績。

などを示す。

さらに、

国から安全管理について評価された実績もある。

つまり、

「うちは安全です」

と言うだけでなく、

安全な会社であることを数字で証明する。

これは採用面でも大きな差別化になる可能性がある。

ドライバーにとってのDXにする

運送会社のDXというと、

経営者にとっては、

効率化。

利益改善。

コンプライアンス。

がメリットになる。

しかし、ドライバーにとって、

「会社に管理されやすくなるだけ」

では受け入れられない。

重要なのは、

乗務員時計によって、

無理な運行を減らせる。

休憩を取りやすくなる。

待機時間を会社が把握して荷主へ交渉してくれる。

事故リスクを減らせる。

理不尽に管理者から責められにくくなる。

というメリットを示すことだ。

会社のためのデータではなく、ドライバーを守るためのデータでもある。

ここが伝われば、ドライバー不足対策にもつながる。

長期:「乗務員時計」を売るだけではもったいない

乗務員時計は、すでに他の運送会社からも引き合いがあり、導入実績もある。

ここには新しい収益源の可能性がある。

ただし、

単にアプリを外販するだけでは、価格競争になりやすい。

私は、この会社の本当の価値はソフトウェアそのものより、

「データを使って運送会社を改善してきた経験」

にあると思う。

ならば、

アプリ提供。

↓

運行データ収集。

↓

収益性分析。

↓

改善ポイント抽出。

↓

月次改善会議。

↓

荷主交渉支援。

まで一体化する。

つまり、

「アプリ販売」から「運送会社の経営改善サービス」へ

広げる。

このほうが、菱木運送らしい。

他社データが集まると、さらに面白くなる

さらに複数の運送会社へ導入が広がれば、

匿名化・集計した形で業界ベンチマークを作る可能性もある。

例えば、

同じ車格。

同じ業態。

同じ運行距離。

の中で、

平均待機時間はどれくらいか。

拘束時間単価はどれくらいか。

積載率はどれくらいか。

と比較できる。

すると、

「自社の数字が悪いのか、それとも業界全体が同じなのか」

が分かる。

ここまで進めば、

乗務員時計は単なる労務管理アプリではない。

運送業の経営改善プラットフォーム

へ進化する可能性がある。

菱木運送の勝ち筋は「安全×収益×データ」

この会社の勝ち筋を一言で整理するなら、

乗務員時計
× 運行データによる収益改善
× 安全な職場づくり
× 他社へのサービス展開

になるのではないだろうか。

まず自社で、

法令遵守。

事故削減。

利益改善。

を実現する。

次に、

その実績を使ってドライバー採用につなげる。

さらに、

同じ仕組みを他社へ提供する。

この流れなら、

現在の強みから地続きである。

データは、人を縛るためではなく、人を守るために使える

菱木運送を見ていて、最も印象的なのはここである。

データ化やDXというと、

「監視される」

「管理が厳しくなる」

というイメージを持たれやすい。

実際、乗務員時計も最初は、

「自分の首を絞める」

と言われた。

しかし結果は、

事故が減った。

ドライバーの安全意識が高まった。

管理者との摩擦も減った。

利益も増えた。

つまり、

データは人を縛るためだけのものではない。

使い方次第では、

人を守り、

会社を守り、

利益まで生み出すことができる。

これからの運送業に必要なのは、

「もっと走れ」

という経営ではない。

限られた時間を、どう安全に、どう価値の高い時間へ変えるか。

菱木運送は、その答えを自らの現場で作り始めている企業だと思う。

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