老舗企業には、長い年月をかけて築き上げた強みがあります。
高い技術。
顧客からの信頼。
守り続けてきた品質。
そして、誰もが知るブランド。
しかし、その成功体験が強いほど、変化への対応が難しくなることがあります。
「今まで、このやり方で成功してきた」
その事実が、新しい挑戦を止めてしまうからです。
市場が変わっても、顧客が変わっても、昔と同じ商品を、昔と同じ売り方で販売し続ける。
その結果、長い歴史を持ちながら衰退していく企業も少なくありません。
ただし、変化とは、必ずしもまったく新しい商品を作ることではありません。
「誰に、どのような場面で使ってもらうか」
この用途を見直すだけでも、同じ商品から新しい価値を生み出すことができます。
今回は、経営理念を見直し、海苔の用途を広げることで新たな成長に挑戦している老舗企業、山本海苔店の事例を紹介します。
170年以上続く老舗海苔店
山本海苔店は、1849年創業の老舗海苔店です。
従業員は約300人。
現在は7代目が経営を担っています。
長い歴史の中で、同社の主力となっていたのが、お中元やお歳暮などの贈答用商品でした。
海苔は保存しやすく、幅広い世代に喜ばれる。
高級感もあり、贈答品として非常に相性のよい商品です。
山本海苔店も長年、贈答市場で選ばれ続けることでブランドを築いてきました。
しかし、時代が変わります。
お中元やお歳暮を贈る習慣が徐々に減り、ギフト市場そのものが縮小しました。
かつて会社を成長させた主力市場が、少しずつ細くなっていったのです。
成功体験が、変化を止める
同社には、もともと大切にしてきた行動指針がありました。
「お客様に喜んでいただく心」
「働いている人を大切にする心」
非常に立派な考え方です。
しかし、長い間ギフト商品で成功を続ける中で、その行動指針は徐々に形骸化していきました。
お客様に喜んでもらうことよりも、
「贈答品としての山本海苔店らしさを守ること」
の方が優先されるようになっていたのかもしれません。
営業体制も、お中元やお歳暮を販売することに最適化されていました。
そんな中、会社は日常的に使える手土産商品の開発を進めようとします。
ところが、現場から反発が起こりました。
「そのような商品を出せば、ブランド価値が下がる」
「山本海苔店は、お中元やお歳暮で選ばれる会社だ」
長年ブランドを守ってきた社員だからこそ、新しい商品を簡単には受け入れられなかったのでしょう。
これは、老舗企業によくある難しさです。
変化に反対している人も、会社を大切に思っていないわけではありません。
むしろ、会社を守りたいという思いが強いからこそ、変化を拒むのです。
社長が最初に変えたのは、商品ではなかった
この状況に対して、社長は新商品の開発を強引に進めるのではなく、経営理念の見直しから始めました。
しかも、経営者が一方的に新しい理念を決めるトップダウン方式ではありません。
社員の意見を集めながら、何度も会議を重ねました。
最初の会議では、誰も話さず、会議室は静まり返っていたそうです。
突然、
「私たちの会社は、何のために存在していると思いますか」
と聞かれても、簡単には答えられません。
しかし、会議を重ねるうちに、少しずつ意見が出始めました。
そして最終的に、次の経営理念へたどり着きます。
「よりおいしい海苔を、より多くのお客様に楽しんでいただく」
シンプルな言葉です。
ただ、この言葉は会社の方向性を大きく変えました。
もし目的が、
「お中元やお歳暮で選ばれること」
であれば、贈答用商品を守り続けることが正解です。
しかし、目的が、
「より多くのお客様に海苔を楽しんでもらうこと」
であれば、贈答品だけでは不十分です。
手土産でもよい。
日常の食事でもよい。
飲食店でもよい。
海外の人に食べてもらってもよい。
経営理念を見直したことで、社員は新しい取り組みが、過去の否定ではなく、理念を実現するための挑戦だと理解できるようになりました。
理念は、壁に掲げる言葉ではない
経営理念というと、会社の入口や会議室に掲げられた立派な文章を思い浮かべます。
しかし、理念の本当の役割は、言葉を飾ることではありません。
会社が新しい判断をする時の基準になることです。
新しい商品を作るべきか。
新しい市場へ進むべきか。
昔のやり方を変えるべきか。
意見が分かれた時に、
「その判断は、私たちの理念に合っているか」
と考えることができます。
山本海苔店の事例では、経営理念の再構築が、社員の意識と商品の変化をつなぐ橋になっています。
商品開発を先に進めたのではありません。
社員が納得できる判断基準を作った後に、商品を変えたのです。
ギフトから、日常の手土産へ
理念を見直したことで、山本海苔店は贈答品以外の用途にも力を入れられるようになりました。
お中元やお歳暮だけでなく、日常的な手土産として利用できる商品です。
これまでの山本海苔店は、
「特別な時に贈る海苔」
という印象が強いブランドでした。
そこに、
「日常のちょっとした場面で楽しむ海苔」
という用途が加わります。
商品の中身が大きく変わらなくても、利用する場面が増えれば、顧客との接点も増えます。
年に一度の贈答品から、日常的に買う商品へ。
この変化は、売上機会を増やすだけではありません。
顧客との関係を、一度きりの購入から、継続的な購入へ変える可能性があります。
現在、同社の売上は底を打ち、新しい成長へ向けた動きが始まっています。
山本海苔店の本当の強み
山本海苔店の強みは、単に「老舗であること」ではありません。
また、「知名度が高いこと」だけでもありません。
最大の強みは、海苔を用途に合わせて見極める、高度な仕分け技術にあります。
海苔は、すべて同じではありません。
見た目。
穴の大きさ。
香り。
味。
口溶け。
食感。
これらを五感で確認しながら、おいしい海苔かどうかを判別します。
さらに興味深いのは、おいしい海苔であれば、どの料理にも合うわけではないことです。
贈答用に適した海苔。
ラーメンに適した海苔。
濃厚な味付けの料理に合う海苔。
淡白な料理に合う海苔。
それぞれ求められる特徴が異なります。
山本海苔店は、約50種類もの用途に合わせて、適した海苔を仕分ける技術を持っています。
これは、単なる品質管理ではありません。
料理や利用場面に合わせて、最も相性のよい海苔を選べる能力です。
海苔を売る会社から、海苔の使い方を提案する会社へ
この強みを考えると、山本海苔店の可能性は、海苔そのものを売ることだけではありません。
「この料理には、この海苔が合う」
「この場面には、この食感がよい」
と、用途を提案できます。
例えば、ワインの世界では、料理に合わせた銘柄をソムリエが提案します。
コーヒーでも、豆の種類や焙煎方法によって、合う飲み方が異なります。
海苔も同じです。
料理と海苔の組み合わせを提案できれば、海苔は単なる食材ではなく、食事の体験を変える存在になります。
山本海苔店は、
「海苔を販売する会社」
から、
「料理や利用場面に最適な海苔を選ぶ会社」
へ進化できる可能性を持っています。
構造はどう変わったのか
山本海苔店の変化を、事業構造の観点から整理してみます。
用途の変化
以前は、お中元やお歳暮といった贈答用途が中心でした。
現在は、手土産や日常利用など、より幅広い用途へ広がっています。
一つの用途に依存する事業から、複数の利用場面を持つ事業へ変わりつつあります。
事業の変化
これまでは海苔の物販が中心でした。
現在は、飲食事業への進出も検討しています。
物を売るだけでなく、実際に海苔を食べてもらう体験を提供することで、商品の魅力をより直接的に伝えられます。
組織の変化
以前は、長年の成功体験に基づく考え方が強く残っていました。
現在は、社員自身が議論して作った経営理念を判断基準に、新しい挑戦を考える組織へ変わり始めています。
つまり、山本海苔店が変えたのは、商品だけではありません。
用途、事業、そして組織の考え方を同時に変えたのです。
勝ち筋は「用途別ブランド×継続購入」
同社の勝ち筋は、次のように整理できます。
独自の海苔選別技術 × 料理や利用場面に合わせた用途提案 × 用途別の高付加価値ブランド × 継続購入によるLTV向上
さらに、国内で成功した用途別商品を、海外の和食市場へ展開することも考えられます。
ただし、海外へ進む前に、国内で用途別ブランドの実績を積み上げることが重要です。
まずは、
朝食向け。
お茶漬け向け。
ラーメン向け。
高級ホテル向け。
インバウンド向け。
このような具体的な利用場面で、「山本海苔店だから選ばれる理由」を作る必要があります。
最大の課題は、熟練者に依存した仕分け
一方、山本海苔店の強みは、そのまま弱みにもなります。
海苔の仕分けは、熟練者の五感と経験に大きく依存しています。
高い技術を持つ人材が限られていれば、需要が増えても簡単には供給を増やせません。
用途別の商品を増やせば、仕分けも複雑になります。
海外や法人市場へ拡大したくても、選別工程がボトルネックになる可能性があります。
つまり、売る方法を考えるだけでは不十分です。
高品質を維持しながら、熟練者への依存をどう減らすか。
これが、成長戦略の重要な条件になります。
短期:採算を見極め、利用場面を集める
短期では、まず現在の売上と利益の構造を把握する必要があります。
商品別。
用途別。
チャネル別。
顧客別。
どの商品が売れているかだけでなく、どの商品が利益を生み、次の購入につながっているかを分析します。
例えば、手土産商品を購入した人が、その後自宅用の商品を購入しているのか。
贈答品の顧客が、日常利用の商品へ移っているのか。
どの用途の商品が、継続購入につながりやすいのか。
こうした分析から、高収益かつLTVの高い用途へ資源を集中します。
同時に、SNSやイベント、店舗で顧客の利用場面を集めます。
SNSを単なる販売促進の道具にするのではありません。
「どのような料理に使ったか」
「誰と、どの場面で食べたか」
「どのような商品が欲しいか」
といった声を収集し、新しい用途を見つける場として活用します。
中期:AIで熟練技を支え、法人市場へ進む
中期では、最大の供給制約である仕分け工程に取り組みます。
海苔の画像データと、その海苔が適する用途のデータを紐付け、用途データベースを作ります。
画像から、
色。
艶。
穴の状態。
形状。
厚み。
といった特徴を分析し、どの用途に向いているかをAIが候補として提示する仕組みです。
ただし、熟練者をAIで完全に置き換えるわけではありません。
香りや口溶け、食感など、画像だけでは判断できない部分もあります。
そのため、AIは一次選別や候補の絞り込みを行い、最後の品質判断は熟練者が担います。
熟練者をなくすのではなく、熟練者が本当に必要な判断へ集中できる状態を作る。
この形であれば、品質を守りながら、生産性と供給力を高められます。
同時に、法人向けの商品開発も進めます。
高級ホテルの朝食用。
和食店のお茶漬け用。
ラーメン店用。
インバウンド向けの食体験用。
法人の料理や顧客層に合わせて、最適な海苔を提案します。
さらに、季節ごとの海苔や催事向け商品、新商品の試供品を定期的に届けるサービスへ発展させれば、単発売上ではなく、継続的な収益を作ることができます。
長期:海外の和食事業者へ展開する
長期では、国内で蓄積した用途別商品の実績をもとに、海外の和食事業者へ展開します。
寿司店。
ラーメン店。
高級和食店。
ホテル。
日本食材を扱う小売店。
ただし、最初から大規模な海外展開を目指す必要はありません。
展示会や商談会で反応を確認し、特定の国、特定の料理、特定の事業者に絞って、小さく始めます。
例えば、
「高級ラーメン店向けの海苔」
「ホテルの和朝食向けの海苔」
といった、用途が分かりやすい商品から始めます。
海外では、日本ほど海苔の違いが理解されていない可能性があります。
だからこそ、単に海苔を販売するのではなく、
「この料理には、なぜこの海苔が合うのか」
という説明と体験をセットにする必要があります。
山本海苔店が持つ仕分け技術は、海外で海苔文化を伝えるための強い武器になるはずです。
まとめ
山本海苔店の事例から学べるのは、老舗企業の変革は、過去を捨てることではないということです。
長年培ってきた品質。
熟練の選別技術。
顧客からの信頼。
これらを守りながら、使われる場面を変えていく。
お中元やお歳暮から、手土産へ。
家庭向けから、飲食店やホテルへ。
国内から、海外へ。
同じ海苔でも、用途が変われば、顧客が感じる価値は変わります。
そして、変革を支えたのは、新商品より先に作られた経営理念でした。
「よりおいしい海苔を、より多くのお客様に楽しんでいただく」
この言葉があったからこそ、社員は贈答品以外の商品も、ブランドを壊す挑戦ではなく、理念を実現するための挑戦として受け入れられました。
老舗企業に必要なのは、歴史を守ることだけではありません。
変えてはいけない本質と、変えるべき方法を見極めること。
山本海苔店は、海苔そのものを変えたのではありません。
海苔を楽しんでもらう場面を広げることで、老舗ブランドの新しい可能性を作ろうとしているのです。

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