仕出し弁当は、華やかに見えないかもしれません。でも実態は“超ハードモード”です。
- 毎日決まった時間までに、数千食単位を作って届ける
- 売れ残れば、その瞬間に利益が消える(廃棄=利益の焼失)
- 現場は労働集約的で、人と時間が必要
この世界で「安定して儲け続ける」のは、正直かなり難しい。
そんな業界で、玉子屋は異様な数字を持っています。
- 廃棄率 0.1%(業界標準 3%と言われる世界で桁が違う)
- 原価率 50%以上でも、安定的に収益を確保
しかもこの低廃棄の仕組みは、海外のMBA教材になるほど優秀と言われるレベル。社長はダボス会議のフォーラムメンバーでもあります。
ところが、この会社は一度、地獄に落ちます。
コロナ禍で需要が急減。追い打ちをかけるように食中毒という致命傷。
「もう終わった」と言われてもおかしくない局面で、玉子屋はどう立ち上がったのか。そしてこのモデルは次にどこへ進むべきなのか。今日はその話です。
経営者の決意:「事業失敗するコツ(12条)」を理念に掲げる理由
玉子屋の経営理念はユニークです。「事業失敗するコツ(12条)」を掲げる。
普通は「成功の秘訣」を掲げます。ですが玉子屋は、“失敗の型”を先に言語化して組織に刻む。ここに、この会社の思想が見えます。
さらに先代社長から、こんな言葉を渡されます。
「0から作った会社なので、潰れても構わない」
この言葉で肩の荷が降りた。つまり恐怖から解放された状態で、正しい決断に集中できるようになった。
売上は順調に伸びていく。しかしコロナ、そして食中毒。
ここで社長は「一生償う覚悟で事業に取り組む」と決める。食品の世界では信頼を失うのは一瞬で、取り戻すのは年単位。覚悟の重さが、現場の空気を変えたはずです。
強み:高原価でも儲かる“矛盾”を成立させた3つの仕組み
玉子屋の強みは「バランスの良いおかず」だけではありません。本質は、次の3点が同時に成立していることです。
1)メニューを「日替わりだけ」に絞る
品目を絞ると、仕入れと段取りが安定します。食材ロスも減り、工程の標準化もしやすい。
「選択肢が少ない」は弱みに見えますが、仕出し弁当は逆。“毎日迷わず頼める”が強みになります。
2)エリア限定で配送コストを抑える
弁当は配送がコストを決めます。距離と渋滞で、時間も人も燃料も一気に重くなる。エリア限定は、利益を守るための戦略そのものです。
3)廃棄率0.1%という“異常値”
仕出し弁当は、廃棄=利益の焼失。だから廃棄率を下げるほど、原価率を上げても耐えられる。
玉子屋は原価率50%以上でも安定収益。理由は、廃棄で燃えるはずの利益を、ほぼ燃やしていないからです。
低廃棄の核心:「暗黙知が現場に分散」していることが参入障壁になっている
玉子屋の需要予測は、中央の誰かが一括でやるのではなく、エリアリーダーが実績や天候から予測します。そして、その精度が高い。
この状態は二面性があります。
- 属人化している(危険)
- 参入障壁になっている(強い)
つまり、現場の暗黙知が散らばっているから、簡単に真似できない。結果として低廃棄のモデルが守られてきた。
一方で、今後の成長の分岐点もここです。暗黙知をどう形式知化するか。形式知化できれば拠点展開・人材交代・スケールが現実になります。できなければ、拡大のたびに“天才エリアリーダー”を増やすしかない。
さらに玉子屋は、回収時にお客様の声も拾っています。
- 感想、ニーズ
- 今後の見込み、発注量の感触
この情報がメニュー開発にも活きる。需要予測は数字だけではなく“肌感”も重要。玉子屋はそこを仕組みにしています。
診断士としてのアドバイス
総評:低廃棄×顧客理解で、高原価でも利益を出す“完成度の高いモデル”
この会社は、
- お客様のニーズを汲み取る仕組み
- お客様のニーズに合うバランスの良い弁当を作れる製造技術
- 精度の高い予測で廃棄を抑える仕組み
この3点を揃えることで、原価率が高いにも関わらず一定の収益を上げ、事業拡大ができている。
一般的な仕出し弁当業界は労働集約的で、廃棄ロスが直接利益を圧迫する構造です。だからこそ玉子屋の「廃棄率0.1%」は、利益構造そのものを変えています。
今後さらなる事業拡大をするためには、労働集約的な作業のうちIT化が行える領域は効率化しつつ、今の「バランスの良い弁当」の売りを強く発信し認知を取り、玉子屋弁当のブランド化を進めることが重要です。
伝える:理念×数字×比較で「選ぶ理由」を作る
経営理念や社長の思いをSNSやウェブを通じて発信する。ここで重要なのは、感動ストーリーで終わらせず、玉子屋の武器である“数字”を前面に出すことです。
- 廃棄率0.1%(業界標準3%との比較):低廃棄=高収益の構造を説明できる
- 原価率50%以上でも収益確保できる理由:儲けの源泉が「原価の低さ」ではなく「廃棄の低さ」にあることを示せる
- 日替わり限定・エリア限定の合理性:絞り込みが“サービス品質の担保”になっていることを伝えられる
さらに「バランスの良い弁当」はエビデンス比較が効きます。例えば同価格帯の弁当と栄養バランス(PFC、塩分、野菜量)を比較し、数字で“違い”を見せる。
また、お客様のニーズ収集は、回収時のヒアリングを組織的に回す仕組みに進化させることを推奨します。
- 声の収集フォーマット(選択式+自由記述)
- エリア別・顧客属性別の要望ランキング
- 次月の試作テーマ決め(現場→企画へ繋ぐ)
これにより、メニュー開発が「当て勘」ではなく「顧客起点」になります。
IT化:暗黙知を守りながら形式知化し、拡大可能な“型”に変える
需要予測のノウハウをAIで実装する方向性は有効です。ただし、いきなりAIに飛びつくと失敗しやすい。順番が重要です。
Step1:今の予測精度を可視化する
- エリア別・担当別の予測誤差(実績−予測)
- 誤差のばらつき(安定して当てる人/荒れる人)
- 天候・曜日・イベントとの関係
ここが見えると、改善ポイントが初めて特定できます。
Step2:ばらつきを減らす(まずは人の学習で勝つ)
- よく当てるエリアリーダーの思考を分解
- 判断軸を項目化(天候、周辺イベント、企業カレンダー等)
- チェックリスト化して共有
この段階で暗黙知が形式知に変わり始めます。AI化はその次で十分です。
Step3:AIは“置き換え”より“補助”から始める
- 天候データ、過去実績トレンド、企業の発注周期、季節性メニューの影響
- 人の判断を補助し、意思決定を安定させる
そして、IT化で浮いた人材を「ブランド化に向けたメニュー企画や販促」に回す。効率化だけで終わらせず、余力を“稼ぐ活動”へ振り向けることが重要です。
さらに生産工程の効率化も同時並行で進めます。
- 工程別工数(標準値と実績値)
- 材料使用量(標準値と実績値)
- ロス発生のタイミング(仕込み・盛付・配送直前など)
これを比較しPDCAを回すことで、データを活用した原価低減に繋げます。
広げる:用途別に“刺さる言葉”へ翻訳し、ブランドを強くする
「バランスの良い弁当」は正しい。しかし言葉として抽象的になりやすい。だから用途で翻訳し、顧客の頭の中で選びやすくします。
- 栄養士監修:午後も頑張れる“ビジネス弁当”
- 会議用:外さない“きちんと感弁当”
- 研修用:大量でも安定品質の“運営弁当”
将来的にはシニア向けの健康弁当などの開発に取り組み、介護事業者の開拓も現実的。ただし品質・表示・オペレーション負荷が上がるため、段階的に進めます。
コラボ:セントラルキッチン化と半加工の外販(ただし順番が重要)
セントラルキッチン化はスケールの武器になりますが、品質事故のリスクも集中します。やるなら「標準化」「衛生」「トレーサビリティ」を先に整えることが前提です。
半加工品の外販はBtoBの収益軸として合理的ですが、本業を壊さないよう供給先・SKU・数量を絞って試すのが現実的です。
取り組み優先順位:AIは“次の段階”、まずは可視化とばらつき改善
- 伝える+IT化:強み(廃棄率の低さ)の可視化→予測誤差のばらつき改善→その後にAI補助
- 用途別メニュー開発と発信:刺さるメッセージへ翻訳してブランド強化
- 将来:シニア向け、介護領域、コラボ:標準化と基盤が整った段階で段階的に
KPI:なぜそれを見るのか(背景を明確化)
KPIは「改善レバー」を示すものです。玉子屋の構造に沿うと、以下が筋が良い。
- 原価率 → 廃棄率:利益を燃やす最大要因を抑える
- 人件費比率 → IT化率:労働集約のボトルネックを改善する
- 利益率 → エリア別/用途別/ブランド別:儲かる型を特定し拡大する
- 認知度 → フォロワー数/問い合わせ数:伝える施策の成果を測る
- LTV → リピーター数:継続契約が安定経営の源泉
- 企画販促社員比率:余力を“稼ぐ活動”に回せているかを見る
まとめ:次の分岐点は「暗黙知の形式知化」
玉子屋の低廃棄は現場の知恵の結晶です。ただそのままでは“人に依存する強さ”でもある。
暗黙知を守りながら形式知化する。形式知化できれば拡大できる。できなければ、強いけど広がらない。
玉子屋はすでに勝つための武器を持っている。あとはその武器を“増やせる形”にするだけです。


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