年齢とともに思考力は落ちるのか。それでも今の自分の方が生きやすい

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最近、本を読んでいると目が疲れる。

文字が少しぼやける。

長く読んでいると集中力も切れてくる。

若い頃は、こんなことはなかった気がする。

分厚い本でも、一気に読み進められた。

難しいことを長時間考え続ける力も、今よりあったように思う。

夜遅くまで仕事をしても、翌日には普通に動けていた。

今は違う。

目は疲れる。

肩も凝る。

眠くなる。

考え続けていると、頭の中に少しずつ霧がかかってくる。

年齢とともに、思考力は落ちていくのだろうか。

そんなことを考えることがある。

若い頃の方が、頭はよく動いていた

純粋な処理能力だけを比べれば、若い頃の方が高かったのかもしれない。

記憶する力。

集中を持続する力。

情報を素早く処理する力。

体力に任せて、長時間考え続ける力。

若い頃は、それらを特別な能力だと思っていなかった。

できて当たり前だったからだ。

失い始めて、初めて気づく。

老眼鏡をかけながら本を読み、途中で休憩するようになって、

「あの頃は、ずいぶん恵まれていたのだな」

と思う。

ただ、若い頃の自分に今と同じ仕事を任せたいかと聞かれれば、少し迷う。

頭は動いたが、心はよく暴走していた

若い頃は、今よりもいろいろなものが切れていた。

我慢が切れる。

集中が切れる。

人間関係が切れる。

ついでに、堪忍袋の緒もよく切れていた。

自分の考えが正しいと思えば、相手の事情を十分に考えずに言葉をぶつけた。

思いどおりに進まなければ、態度に出た。

他人に強く当たり、後になってから、

「そこまで言う必要はなかったな」

と後悔することも多かった。

頭の回転は今より速かったかもしれない。

しかし、速く走った先が正しい方向だったとは限らない。

経験が少ない分、見えている範囲も狭かった。

自分の正しさを、世界の正しさだと思っていたところもあったように思う。

他人の評価の中で生きていた

若い頃の私は、他人の目をかなり気にしていた。

上司からどう評価されるか。

同期に負けていないか。

周囲から仕事ができる人間だと思われているか。

役職は上がるのか。

収入は増えるのか。

自分の人生を生きているつもりで、実際には他人の評価を基準に走っていたのかもしれない。

誰かに認められれば安心し、評価されなければ落ち込む。

他人の言葉一つで、自分の価値まで上下していた。

そのため、何かを達成しても心から満足できなかった。

一つ評価されれば、次の評価が欲しくなる。

一段上がれば、さらに上を目指したくなる。

ゴールのない競争を、自分から降りることができなかった。

振り返れば、あまり自分らしく生きていなかった気がする。

「まあ、いいか」と思えるようになった

もちろん、今でも他人の評価は気になる。

完全に自由になったわけではない。

認められればうれしいし、否定されれば腹も立つ。

昔の自分は、今もかなり残っている。

ただ、少しだけ変わった。

以前ほど、すべてを深刻に受け止めなくなった。

思いどおりにならなくても、

「まあ、いいか」

と考えられることが増えた。

誰かと意見が合わなくても、

「そういう考え方もある」

と思えるようになった。

失敗しても、

「人生が終わるわけではない」

と考えられる。

これは諦めなのだろうか。

以前は、そう思っていた。

しかし今は、少し違う気がする。

「まあ、いいか」とは、投げ出す言葉ではない。

自分で変えられないものを、無理に支配しようとしない言葉なのだと思う。

年齢とともに、考え方の質が変わった

若い頃の思考は、速かった。

今の思考は、少し遅い。

ただし、昔より多くのものを一緒に考えるようになった。

正しいか、間違っているかだけではない。

相手はなぜそう考えたのか。

その判断は、組織全体にどのような影響を与えるのか。

今は正しくても、数年後にはどうなるのか。

理屈では正しくても、人は本当に動くのか。

一つの答えを出すまでの速度は落ちたかもしれない。

その代わり、答えを出す前に見る景色は広がった。

知識だけで考えるのではなく、過去の失敗や人との関わりも含めて考える。

これは、若い頃にはなかった力だと思う。

思考力が単純に落ちたのではない。

使っている思考力の種類が変わったのかもしれない。

失ったものと、手に入れたもの

年齢を重ねれば、失うものはある。

視力。

体力。

集中力。

回復力。

若さそのもの。

どれだけ前向きに考えても、戻らないものは戻らない。

しかし、年齢を重ねなければ得られなかったものもある。

人は思いどおりに動かないという理解。

自分もそれほど立派ではないという自覚。

他人の失敗を少し長い目で見られる余裕。

何でも完璧にやらなくてもよいと思える感覚。

そして、自分の得意なことと苦手なことが、少しずつ分かってきたこと。

若い頃の自分と今の自分を比べて、どちらが優れているかを決める必要はないのだと思う。

若い頃には、若い頃の強さがあった。

今には、今の強さがある。

身の丈に合った生き方をしたい

以前は、もっと頑張らなければならないと思っていた。

もっと上へ。

もっと速く。

もっと多く。

そうやって、自分を追い立てていた。

しかし、これからは少し違う生き方をしたい。

若い頃と同じ速度で走ろうとしない。

苦手なことを、無理に得意なふりをして続けない。

他人から立派に見える人生より、自分が納得できる人生を選ぶ。

それは、逃げではない。

今の自分の体力、能力、経験、価値観を理解したうえで、進む方向を決めるということだ。

年齢とともに、できなくなることは増えていく。

しかし、その一方で、やらなくてもよいことも分かってくる。

すべてを手に入れようとしなくてもいい。

すべての人に評価されなくてもいい。

何者かになろうとし続けなくてもいい。

今の自分にできることを、今の自分なりの速度で続ける。

それが、身の丈に合った生き方なのだと思う。

今の自分も、それほど悪くない

若い頃の自分を、少しうらやましく思うことはある。

疲れにくい体。

よく見える目。

長く続く集中力。

失敗を恐れずに進める勢い。

できることなら、少し返してほしい。

ただ、あの頃の自分に戻りたいかと聞かれれば、答えは違う。

他人の評価に振り回され、自分の正しさに固執し、感情を持て余していた頃に戻りたいとは思わない。

今の私は、昔ほど速くは走れない。

しかし、どこへ向かって走るのかは、以前より少し分かるようになった。

途中で疲れたら休むことも覚えた。

ときには進路を変えてもよいと思えるようになった。

そして何より、

「まあ、いいか」

と言えるようになった。

そう考えると、年齢を重ねることも、それほど悪いことばかりではない。

今の自分には、今の自分なりの考え方がある。

これからは、それを大切にしながら、自分の身の丈に合った人生を歩いていきたい。

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