昔よりは、周りの目を気にしなくなった気がする。
若い頃は特にそうだった。
- どう見られているか
- 嫌われていないか
- 変に思われていないか
かなり気にしていた。
でも、年齢を重ねるにつれて、少しずつ変わってきた。
「それどころではない」
これが大きい気がする。
仕事。
責任。
将来。
考えることが増えた。
だから、昔みたいに、
「どう思われているか」
ばかり考えている余裕がなくなった。
ある意味、鈍感になったのかもしれない。
でも、完全には消えない
これが厄介だ。
完全に気にならなくなるわけではない。
むしろ、ふとした時に出てくる。
しかも、かなり些細なことで。
返信が遅い
例えば、チャット。
返信が少し遅い。
それだけで、
「何か悪かったか?」
と思う。
文章のトーン
これもある。
いつもより少し短い。
少し冷たい。
句読点が少ない。
それだけで、
「あれ?」
と感じる。
本当にどうでもいいことなのに
冷静に考えると、ほぼ気にしなくていい。
相手は忙しいだけかもしれない。
単に、何も考えていないかもしれない。
でも、頭の中で勝手に物語が始まる。
人間は曖昧さが苦手
人間は、曖昧さが苦手らしい。
だから、空白を勝手に埋めようとする。
しかも、悪い方向に。
これは結構あると思う。
でも最近、少し変わった
前より、その感情を客観視できるようになった。
「ああ、また気にしているな」
と思えるようになった。
昔は、感情と一体化していた。
でも今は、少し離れて見れる。
これは大きい。
結局、一番気にしているのは自分
これも最近思う。
実は、他人より、
自分が自分を責めている。
「ちゃんとできていない」
- もっと上手く返せたのでは
- もっと気の利いた言葉があったのでは
- 嫌われない動きがあったのでは
そうやって、自分で自分を減点している。
周りの目というより、「自己評価」
本質は、こっちなのかもしれない。
他人の視線が怖いというより、
「ダメな自分を認めたくない」
の方が近い気がする。
人はそんなに他人を見ていない
これは、よく言われる。
実際そうだと思う。
みんな、自分のことで忙しい。
だから、こちらが思うほど、細かく見ていない。
「また気にしてるな」で終わらせる
最近は、これくらいがちょうどいい気がしている。
完全に無くそうとすると、逆に苦しくなる。
だから、
「ああ、また考えすぎてるな」
くらいで流す。
少しずつ鈍感になるのも悪くない
昔は、全部真正面から受け止めていた。
でも、今は少し違う。
全部を深刻に受け止めると、心が持たない。
だから、少し雑なくらいで、ちょうどいいのかもしれない。
最後に
周りの目を全く気にしない人は、たぶん少ない。
みんな、どこかで気にしている。
でも、年齢を重ねると少しずつ分かる。
全部に反応していたら、疲れる。
だから、少し距離を置く。
少し流す。
そのくらいで、ちょうどいいのかもしれない。

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