昔は好きだった会社の飲み会が、しんどくなった理由

成長・マインド

正直に言うと、私は会社の飲み会があまり得意ではない。

もちろん、立場上、参加しないわけにもいかない。

部長という立場で、「飲み会には出ません」では、やはり始まらない部分もある。

だから参加する。

ただ、内心では少し疲れている。

特に苦手なのは、大人数の飲み会。そして、二次会、三次会へ続く流れだ。

あれが結構しんどい。

一方で、2人くらいでゆっくり話す飲みは、そこまで嫌いではない。

むしろ好きな方かもしれない。

だから、「酒が嫌い」というわけでもない。

では、なぜしんどくなったのだろう。

最近、そんなことを考える。

若い頃は、むしろ好きだった

不思議なのは、若い頃は、二次会、三次会も普通に行っていたことだ。

終電近くまで飲むのも普通。

勢いもあった。

むしろ、飲み会は好きな方だった気もする。

では、何が変わったのか。

年齢なのか。体力なのか。それとも、立場なのか。

多分、一番大きいのは、「気を使う側」になったことなのだと思う。

「楽しませないといけない」が増えた

若い頃は、飲み会に行けば、自分が楽しめばよかった。

でも、今は違う。

部長として参加すると、無意識にこんなことを考えている。

  • 場の空気、大丈夫かな
  • 誰か孤立していないかな
  • 変な空気になっていないかな
  • ちゃんと皆、楽しめているかな

つまり、休みに行っているようで、実は結構仕事モードなのだ。

しかも、周りも気を使ってくれる。

これが、ありがたい反面、少ししんどい。

若い頃のように、ただの一参加者ではいられない。

ここが大きいのだと思う。

本音が出るのが怖いのかもしれない

もう一つ、最近ふと思うことがある。

それは、「飲みすぎると、本音が出る怖さ」だ。

別に、暴れるわけではない。

ただ、普段抑えている感情や、考えていることが、少し出やすくなる。

会社への不満。

評価へのモヤモヤ。

将来への不安。

人への本音。

そういうものが、酒と一緒に、少しずつ漏れてくる感じがある。

そして、立場が上になるほど、そのリスクは大きくなる。

若い頃は、多少失敗しても、「若いから」で済んだ。

だが、管理職は違う。

一言が、意外と見られている。

だから、どこかでブレーキをかけている。

それも、疲れる理由なのかもしれない。

飲み会が嫌いになったわけではない

ただ、誤解してほしくないのは、別に人が嫌いになったわけではない。

むしろ、少人数で、ゆっくり本音を話す時間は好きだ。

だから、飲み会そのものが嫌いなのではなく、「立場」と「気遣い」と「責任」。

これらが増えた結果、昔ほど純粋に楽しめなくなった。

ただ、これはある意味、歳を重ねたということなのかもしれない。

少し寂しい気もするが。

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