「バケツ」と聞いて、どんな商品を思い浮かべるでしょうか。
多くの人は、水をくむための、ごく普通のバケツを想像すると思います。
しかし、もしそのバケツが「米びつ」になったらどうでしょう。
あるいは、「おむつ消臭ペール」「猫用品」「野菜ストッカー」になったら。
商品そのものは大きく変わらなくても、「用途」が変わるだけで、お客様が感じる価値は大きく変わります。
私は、この「商品×用途」の組み合わせは、中小企業が差別化を実現するための、非常に重要な考え方だと思っています。
しかも、その用途のヒントは、特別な市場調査の中にあるとは限りません。
お客様との会話やレビュー、日常の何気ない一言など、身近なところに転がっていることが少なくありません。
重要なのは、その声に気付き、新しい用途として形にし、自社ブランドへ育てていくことです。
今回は、トタン製バケツを「用途」で生まれ変わらせ、独自ブランドを築いた渡辺金属工業の事例を紹介します。
100年続く、小さなバケツメーカー
渡辺金属工業は、1923年創業のバケツメーカーです。
従業員は約12人。
同社の代表商品は、トタン製バケツの自社ブランド「OBAKETSU」です。
少し変わった名前ですが、そこには「私たちにとって大切なバケツ」という思いが込められています。
トタンとは、鋼板の表面に亜鉛メッキを施した素材です。
湿気の影響を受けにくく、サビに強い。
長く使うほどに、独特の風合いが生まれるのも特徴です。
さらに、多くのメーカーが溶接によってバケツを接合するのに対し、渡辺金属工業は圧着方式を採用しています。
この技術によって、強度と耐久性を高めています。
つまり、同社の原点には、長年培ってきた確かな製造技術があります。
しかし、技術があるだけでは、商品は売れませんでした。
「まだバケツを作っていたのか」と言われた
現在では、全国の小売店や生活雑貨店で販売されているOBAKETSU。
しかし、最初から順調だったわけではありません。
かつて展示会へ出展した時には、3日間ほとんど人が来なかったそうです。
たまに訪れた人からは、
「まだバケツを作っていたのか」
と言われる始末。
昔ながらのトタン製バケツは、時代遅れの商品だと思われていました。
プラスチック製品が普及する中で、単なる水くみ用バケツとして価格競争をすれば、大量生産できるメーカーには勝てません。
技術はあっても、売る理由がない。
良い商品ではあっても、買う理由を示せていなかったのです。
「このバケツは何に使うのですか」
そんな中、展示会で来場者から、ある質問を受けました。
「このバケツは、何に使うのですか」
当時、その質問にうまく答えることができませんでした。
バケツなのだから、水をくむために使う。
メーカー側には、それが当たり前だったのだと思います。
しかし、顧客が聞きたかったのは、商品の名称ではありません。
「この商品を自分の生活の中で、どのように使えばよいのか」
ということです。
ここに、同社の大きな転換点があります。
バケツの機能を説明するのではなく、バケツが使われる場面を考えるようになったのです。
アメリカのドラマから生まれた米びつ
ある時、社長がアメリカのドラマを見ていると、トタン製のダストボックスが登場しました。
その姿を見て、トタン製品は生活用品としても、おしゃれに見せられるのではないかと気付きます。
一方、日本の家庭で使われていた米びつは、プラスチック製が多く、インテリア性の高い商品はあまりありませんでした。
そこで生まれたのが、トタン製のライスストッカーです。
トタンは湿気を通しにくく、米の保存にも向いている。
加えて、キッチンに置いても絵になる。
昔ながらのバケツが、
「水をくむ道具」から、
「米をおしゃれに保存する生活雑貨」へと生まれ変わりました。
このライスストッカーは生活雑貨コンテストで受賞し、累計50万個以上を販売する人気商品となりました。
バケツの製造技術が突然変わったわけではありません。
変わったのは、使い方の定義です。
80種類へ広がった「用途」
現在、OBAKETSUには約80種類の商品があります。
ライスストッカーだけではありません。
おむつ消臭ペール。
足湯用バケツ。
野菜ストッカー。
猫用品。
ゴミ箱。
収納用品。
一見すると、すべて別の商品に見えます。
しかし、基本にあるのはトタン製バケツです。
渡辺金属工業は、一つの製造技術にさまざまな用途を掛け合わせることで、商品ラインナップを広げてきました。
しかも、商品開発で重視しているのは、
「独創的であるかどうか」
です。
単に他社の商品をまねるのではない。
トタンの機能性と、インテリアとしての美しさを組み合わせ、自社にしかできない用途をつくる。
ここに同社のブランドの核があります。
成長を生んだ構造の変化
渡辺金属工業の成長は、単にヒット商品が一つ生まれたという話ではありません。
事業構造そのものが変わっています。
チャネルの変化
以前は、メーカーの下請けとして製品をつくる事業が中心でした。
現在は、自社ブランドを持ち、カタログ通販会社や生活雑貨店などを通じて、消費者市場へ直接届けています。
下請けでは、価格や仕様の決定権は発注者側にあります。
一方、自社ブランドであれば、自社で商品の価値を定義し、価格を決めることができます。
商品の変化
以前の商品は、他社でも代替できる汎用的なバケツでした。
現在は、用途、機能、デザインを組み合わせた自社商品です。
同じトタン製品であっても、
「水くみバケツ」と、
「インテリア性の高いライスストッカー」では、
顧客が感じる価値も、支払う価格も変わります。
顧客との関係の変化
同社は、販売事業者と連携し、購入者のレビューや意見を商品開発に活かしています。
メーカーが一方的に商品をつくるのではありません。
顧客の声を聞き、新しい用途を探し、次の商品へ反映する。
顧客が、商品の購入者であると同時に、商品開発のヒントを与える存在になっています。
渡辺金属工業の本当の強み
同社の強みは、単に「トタン製バケツを作れること」だけではありません。
大きく三つあると考えます。
1.耐久性を生む製造技術
サビに強いトタン素材を扱う技術と、圧着方式によって強度を高める製造力。
これは、商品の品質を支える基盤です。
2.顧客の声を用途に変える商品開発力
顧客の何気ない質問やレビューから、潜在的な用途を見つけ出す。
さらに、それを商品として形にし、販売までつなげる。
渡辺金属工業の最大の強みは、単にアイデアが豊富なことではありません。
顧客の声を、売れる用途へ変換できる仕組みを持っていることです。
3.機能性とデザイン性を両立するブランド力
丈夫で長持ちするだけでは、ホームセンターの商品と変わりません。
OBAKETSUは、実用品でありながら、部屋に置きたくなるデザインを持っています。
機能だけでもない。
見た目だけでもない。
「使えて、置いておきたくなる」
この両立が、価格競争から抜け出す力になっています。
勝ち筋は「商品×用途×デザイン」
渡辺金属工業の勝ち筋は、次のように整理できます。
耐久性の高いトタン製品 × 顧客の声から生まれる用途 × インテリア性の高いデザイン × 自社ブランドによる価格決定力
これによって、汎用品であるバケツを、高付加価値商品へ変えています。
さらに今後は、商品単体の販売だけでなく、空間全体の提案へ広げられる可能性があります。
OBAKETSUは、単なる収納用品ではありません。
ホテル、店舗、飲食店などの空間で使えば、実用品であると同時に、インテリアの一部になります。
つまり、次の成長余地は、
「バケツを売ること」
から、
「OBAKETSUが似合う空間を提案すること」
への進化にあると考えます。
今後の課題
ただし、商品数が増えればよいとは限りません。
約80種類の商品があるからこそ、どの商品が本当に利益を生んでいるのかを見極める必要があります。
売れているが利益が薄い商品。
販売数は少なくても、粗利率が高い商品。
新規顧客を呼び込む商品。
繰り返し購入や関連商品の購入につながる商品。
こうした役割は、商品ごとに異なります。
限られた人員の中で成長するには、すべての商品へ同じように力を入れるのではなく、高収益の商品や用途へ資源を集中する必要があります。
また、用途のアイデアを継続的に生み出すためには、顧客との接点も欠かせません。
レビュー、SNS、ショールーム、工場見学、イベントなどを通じて、ファンと直接つながる仕組みを強化する必要があります。
短期:高収益商品を見極め、ファンとつながる
短期では、まず現在の商品構成を分析する必要があります。
商品別、用途別、顧客別、チャネル別に、売上と粗利を可視化する。
例えば、
どの用途の商品が高収益なのか。
どの販売チャネルが利益を残しているのか。
ライスストッカーの購入者が、ほかの商品も買っているのか。
こうした分析から、成長させる商品と、見直す商品を分けます。
同時に、ショールームや工場見学、イベントを活用して、消費者との接点を増やします。
SNSも、単に商品の写真を投稿する場所ではありません。
利用場面を紹介する。
顧客の使い方を集める。
新しい用途の意見を募る。
自社ブランドを知ってもらうと同時に、次の商品開発の材料を集める場として活用します。
中期:用途ごとにブランドを育てる
短期の分析で、特に需要と収益性が高い用途が見えてきたら、次はブランド化とシリーズ化です。
例えば、
キッチン収納シリーズ。
ペットとの暮らしシリーズ。
子育て家庭向けシリーズ。
ガーデニングシリーズ。
用途ごとにコンセプトを明確にすることで、単発の商品ではなく、複数の商品をまとめて購入してもらえる可能性が高まります。
また、コミュニティーを通じて、新商品の試作品を使ってもらい、意見を集める。
評価の高い商品は、一部店舗やオンラインでテスト販売する。
いきなり全国販売するのではなく、顧客の反応を確かめながら育てることで、商品開発の失敗を減らせます。
同時に、インテリア事業者や設計会社との連携も始めます。
ホテルの客室。
飲食店の店内。
バーのカウンター周辺。
店舗の収納スペース。
こうした場所に、OBAKETSUを単品で置くのではなく、空間全体のコンセプトに合わせて提案します。
長期:バケツメーカーから、空間価値をつくる会社へ
長期では、中期で積み上げた用途別ブランドの実績と、空間提案の事例を活かします。
高級ホテル。
デザイン性の高い飲食店。
バー。
商業施設。
インテリア事業者。
こうした法人に対して、商品単体ではなく、空間設計の初期段階から参加します。
例えば、
客室のゴミ箱や収納用品を統一する。
飲食店のバックヤード用品までデザインをそろえる。
ホテルのロビーに、地域限定デザインの商品を置く。
店舗の世界観に合わせた別注カラーやサイズを提案する。
ここまで進めば、同社は単なるバケツメーカーではありません。
トタンという素材を使い、機能性とデザイン性を両立した空間をつくる会社になります。
ただし、自社だけで空間設計のすべてを担う必要はありません。
インテリア事業者や設計会社と組み、その中でトタン製品の企画と製造を担う。
この形であれば、12人規模の企業でも、無理なく事業領域を広げられます。
まとめ
渡辺金属工業の事例から学べるのは、特別な技術革新だけが差別化ではないということです。
同じ商品でも、用途を変えれば、顧客が感じる価値は変わります。
水をくむバケツを、米びつにする。
ゴミ箱にする。
猫用品にする。
インテリアにする。
その発想の出発点は、
「この商品は何に使うのですか」
という顧客の素朴な質問でした。
企業の中では当たり前になっている商品も、顧客から見れば、使い方が分からないことがあります。
反対に、顧客は企業が想像していなかった使い方をしているかもしれません。
だからこそ、お客様の声には耳を傾ける価値があります。
商品開発のヒントは、遠い未来や難しい技術の中だけにあるのではありません。
目の前のお客様が発した、何気ない一言の中にある。
渡辺金属工業の成長は、その小さな声に気付き、「商品×用途」という形で磨き続けた結果なのだと思います。

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