温泉旅館業界は厳しい。
価格競争。
人材不足。
組織の縦割り。
顧客ニーズの多様化。
多くの旅館が、こうした課題に直面している。
そのような中、独自の差別化と組織改革によって、予約の絶えない旅館へと変貌を遂げた会社がある。
群馬県伊香保温泉にあるホテル松本楼である。
この旅館は、なぜ顧客から選ばれ続けるのか。
そして、なぜ若手が定着する組織を作ることができたのだろうか。
その理由を探ってみたい。
予約の絶えない旅館
ホテル松本楼は、群馬県伊香保温泉で3つの旅館を運営している。
客室数は約50室。
しかし、予約が絶えない旅館として知られている。
楽天トラベルなどでも高い評価を受け、旅館の接客力を競う「旅館甲子園」では2年連続ファイナリストになった。
その理由の一つが、徹底したターゲット特化である。
例えば、
- オールバリアフリーの客室
- 子ども専用ルーム
- 年齢別の離乳食・幼児食メニュー
- 犬と宿泊できる部屋と犬用メニュー
などである。
「誰に泊まってほしいのか」
を明確にし、その顧客に徹底的に寄り添っている。
「バカ女将」と呼ばれた時代
しかし、順風満帆だったわけではない。
かつて旅館では、従業員との確執があった。
女将は、
「バカ女将」
と言われるほど、現場との関係が悪化していた。
さらに、
- 総料理長が結核
- 料理部長が脳出血
- 総支配人が肺炎
と、重要人材が次々と離脱する事態が起きる。
そこで見えてきた課題は、
専門職への過度な依存
だった。
平均年齢は58歳。
組織は属人化していた。
危機感を持った経営陣は、若手採用やマルチタスク化に取り組む。
しかし、その改革に反発した従業員30人が退職してしまう。
理由は、
「この旅館に未来はない」
だった。
社長を変えた一言
転機となったのは、知人からのある一言だった。
「辞めた社員に感謝していますか?」
社長は答えに詰まった。
すると知人は言った。
「そんな状態なら、最後は二人になってしまうよ」
この言葉をきっかけに、経営の考え方が変わる。
それまでの旅館中心の発想から、
従業員ファースト
へと舵を切ったのである。
従業員満足が顧客満足を生む
ホテル松本楼では、人材育成に力を入れている。
例えば、
新入社員には「エルダー制度」を導入している。
先輩社員が相談役となり、新入社員を支援する仕組みだ。
また、プリンやパンの直売店など多角化事業を展開し、若手リーダー育成の場としても活用している。
その結果、
過去5年間で採用した38人の新入社員のうち、退職者はわずか2人。
現在の平均年齢は30.4歳。
旅館業界では極めて若い組織になっている。
さらに、スタッフはマルチタスク化され、仕事へのやりがいも高い。
人材不足が深刻な旅館業界において、これは大きな競争優位である。
DXとセントラルキッチンによる効率化
ホテル松本楼はDXにも積極的だ。
- 温泉混雑状況の可視化
- 自動精算機
- ECによる土産販売
などを導入している。
また、3つの旅館共通のセントラルキッチンを設置。
仕込みや下処理を集約することで、各旅館の料理人は調理そのものに集中できるようになった。
人手不足時代において、
効率化の仕組みを持つことは極めて重要である。
ホテル松本楼の勝ち筋
私は、ホテル松本楼の勝ち筋は次の式で表せると思う。
特定ターゲットへの徹底特化
×
高い従業員満足度
×
DXと現場改善による効率化
×
LTV向上
特に、
- シニア
- 身体の不自由な方
- 乳幼児連れファミリー
- ペット同伴客
といった市場に特化している点は大きい。
「誰に選ばれる旅館か」
を明確にしているのである。
今後の成長戦略を考える
短期的には、
顧客別・商品別採算性を可視化し、高収益顧客への集中を進めるべきだろう。
また、会員データベースを整備し、宿泊理由や満足度データを分析することで、リピート率向上につなげることも重要だ。
中期的には、
介護事業者や福祉事業者、子ども向け事業者への法人展開が考えられる。
特に、
福利厚生や健康促進を目的とした法人向け定期利用サービスは、有望な市場かもしれない。
長期的には、
ホテル松本楼単独ではなく、
伊香保温泉全体の観光プラットフォーム
を目指す方向性も面白い。
飲食店、土産物店、観光施設、他旅館と連携し、地域全体の体験価値を高めるハブになるのである。
まとめ
ホテル松本楼の事例から学べることは多い。
その中でも、最も重要なのは、
「従業員満足なくして、顧客満足なし」
という考え方ではないだろうか。
旅館を変えたのは、設備でもDXでもない。
まずは、経営者自身の考え方だったのである。

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