つい先日、学生時代からの友人と酒を酌み交わす機会があった。
彼とは、かれこれ30年以上の付き合いになる。
30年と書くと、なかなかの長さである。
学生だった私たちも、今では立派な中年になった。
昔は、将来の夢や恋愛の話をしていたはずなのに、今では仕事や健康、家族、老後の話まで出てくる。
話題はずいぶん変わった。
しかし、不思議なことに、一緒にいる時の感覚はあまり変わっていない。
自分にはないものを持っている友人
彼は、私とは違う個性や価値観を持っている。
同じ出来事を見ても、考え方がまったく違う。
私なら慎重に考えるところを、彼は迷わず進む。
私なら気にしてしまうことを、彼は笑って受け流す。
反対に、私が深く考えずに通り過ぎることを、彼は立ち止まって考える。
だから、話していると面白い。
「そんな見方もあるのか」
と思わされることが何度もある。
自分と似た人と一緒にいるのは楽である。
しかし、自分にないものを持っている人との時間は、自分の世界を少し広げてくれる。
彼は、私にとってそんな存在なのだと思う。
会社の飲み会とは、やはり違う
会社の飲み会にも、もちろん意味はある。
普段あまり話さない人と話したり、仕事中には見えない一面を知ったりすることもできる。
ただ、どうしても完全には仕事から離れられない。
上司や部下、役職や立場。
頭のどこかに、それらが残っている。
言葉を選ぶこともある。
場の空気を読むこともある。
翌日の仕事を考えることもある。
学生時代からの友人との酒は、それとはまったく違った。
余計な説明をしなくてもいい。
無理に面白い話をしなくてもいい。
沈黙があっても気まずくない。
格好をつける必要もない。
ただ一緒に酒を飲み、昔の話や今の話をする。
それだけなのに、驚くほど気持ちのよい時間だった。
彼もまた、今を必死に生きている
長い付き合いだからといって、相手のすべてを知っているわけではない。
話を聞けば、彼も彼なりに悩み、苦しみながら今を生きていた。
私とは置かれている状況も、抱えている問題も違う。
それでも、それぞれの場所で懸命に踏ん張っていることは同じだった。
友人が頑張っている姿を見ると、妙に励まされる。
何か特別なアドバイスをもらったわけではない。
「頑張れ」と強く背中を押されたわけでもない。
ただ、彼が彼の人生を生きている。
そのことを知っただけで、
「自分も、もう少し頑張ってみよう」
と思えた。
友人とは、答えを教えてくれる存在ではないのかもしれない。
お互いが生きている姿を見せ合うことで、静かに力を与え合う存在なのだと思う。
また仲間と会う節目をつくろう
その日は、また節目をつくって、学生時代の仲間たちとも会おうという話になった。
それが、素直にうれしかった。
若い頃は、友人とはいつでも会えると思っていた。
誘えばすぐに集まり、夜遅くまでくだらない話をしていた。
しかし、会社員になり、家庭を持ち、それぞれの生活ができると、会う機会は自然に減っていく。
忙しい。
予定が合わない。
また今度にしよう。
そう言っているうちに、何年も過ぎてしまう。
だからこそ、これからは「いつか会おう」ではなく、意識して節目をつくる必要があるのだと思う。
友情も、何もしなくても続くように見えて、実は会う時間を大切にすることで育っていくのかもしれない。
一生ものの宝
会社員になってから、多くの人と出会った。
尊敬できる上司もいた。
信頼できる仲間もできた。
仕事を通じた人との出会いは、自分の人生を豊かにしてくれたと思う。
それでも、学生時代の友人とは少し違う。
役職も実績も関係なく、自分が何者でもなかった頃から知っている。
成功していても、うまくいっていなくても、関係はそれほど変わらない。
そんな友人と、大人になってから出会うことは簡単ではない。
これから先も、彼との付き合いは続いていくのだろう。
お互いに年を取り、酒の量は減り、健康の話はますます増えていくかもしれない。
それでも、たまに会って、くだらない話をしながら笑えたらいい。
30年付き合ってきた友人は、これから新しく手に入れようと思っても手に入らない。
長い時間をかけて、いつの間にかできあがっていた。
一生ものの宝なのだと思う。

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