認識のズレというのは、思っている以上にしんどい。
しかも厄介なのは、
悪意がないケースほど引きずること
だ。
支援したつもりだった
先日、部下を支援しようと思いメールを出した。
自分としては、
- フォローしたい
- 助けたい
- 状況を良くしたい
そんな気持ちだった。
だから、そこまで変なことを書いたつもりもなかった。
返ってきたのは厳しいメール
ただ、返ってきたのは想定外だった。
上司から、
「放置するな」
というニュアンスの厳しいメール。
しかも、
「当事者意識」
という言葉も入っていた。
正直、かなり引っかかった。
「いや、違うだろ」と思った
こちらは責めたつもりではない。
むしろ逆だ。
サポートしようとしていた。
でも、相手には、
「部下を追い込んでいる」
ように見えたらしい。
ここで、認識が完全にズレた。
すぐ反論したくなった
こういう時、人は反射的に動く。
- いや、そういう意味ではない
- 誤解している
- こちらの意図を分かってほしい
そう思う。
実際、メールを書きかけた。
でも、一旦止めた
ただ、途中でやめた。
たぶん、感情が入った状態で返すと、さらにややこしくなる。
しかも、メールは怖い。
温度が消える。
表情もない。
空気感もない。
だから、ちょっとした言葉でも鋭く見える。
メールは解像度が低い
メールは便利だ。
でも、感情の細かいニュアンスがかなり落ちる。
特に、
- 支援
- 配慮
- 気遣い
- 温度感
この辺りは伝わりづらい。
逆に、
- 圧
- 否定
- 責任追及
は強く伝わる。
だから、意図と逆に受け取られることがある。
送らなければよかった、と思った
正直、かなり思った。
余計なことをしたかもしれない。
黙っていた方が平和だったかもしれない。
でも、それも違う気がする。
放置も違う
部下が困っている。
それを見て、何もしない。
それも違う。
だから行動した。
ただ、その行動が別の意味で解釈された。
組織では、これが起きる。
人は自分の文脈で読む
結局、メールは読む人次第だ。
こちらがどういう意図で書いたかより、相手がどう受け取るか。
そこに引っ張られる。
特に、上司側に、
- 最近このチームは甘い
- もっと当事者意識が必要
- 管理職が踏み込むべきだ
みたいな問題意識があると、そのフィルターで読まれる。
すると、こちらの文章も違う意味になる。
温厚そうな人にも地雷はある
これも今回感じた。
普段、温厚そうな人でも、強く反応するポイントがある。
逆に、そこを踏むと急に厳しくなる。
たぶん、本人の中で譲れない価値観なのだと思う。
今回は、
「当事者意識」
がそこだったのかもしれない。
そっちも汲んでほしい、は正直ある
これはかなりある。
こちらも、好きでやっているわけではない。
考えて、悩んで、支援しようとしている。
だから、
もう少し意図を汲んでくれてもいいのでは
とは思う。
ただ、相手も相手で、別の責任を背負っている。
そこも分かる。
だから余計にモヤモヤする。
組織は正しさだけでは回らない
こちらが正しいかどうか。
それだけではない。
- 誰が
- どの立場で
- どういうタイミングで
- どういう温度感で
言うか。
そこまで含めて、組織コミュニケーションなのだと思う。
一番しんどいのは悪意がないこと
もし、相手が明確に嫌な人なら、割り切れる。
でも、そうではない。
むしろ、理解のある上司だと思っていた。
だからこそ、ズレた時に苦しい。
結局、メールより会話なのかもしれない
こういう話は、やはり対面の方がいい。
声。
表情。
間。
空気。
それで伝わるものは大きい。
メールだけだと、どうしても文章の意味だけになる。
そして人は、そこに自分の感情を乗せて読む。
最後に
組織で働いていると、認識のズレは避けられない。
しかも、善意同士でも起きる。
そこが難しい。
だから最近は、
伝わらなかった=悪意
ではない。
そう思うようにしている。
もちろん、簡単ではない。
でも、一回感情的に返してしまうと、戻せないものもある。
だから、一旦止まる。
これも、組織で働くための技術なのかもしれない。

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