KPIが改善した。それ、本当に喜んでいい数字ですか?

成長・マインド

仕事で使える語彙を増やすトレーニングを続けている。

最近、少し困った変化が起きている。

仕事で数字を見ても、素直に喜べなくなってきた。

「売上が増えました」

本当にいいのか?

「在庫回転率が上がりました」

それで在庫は適正になったのか?

「部門のKPIを達成しました」

会社全体の利益も増えたのか?

語彙を勉強していたはずなのに、だんだん数字を疑うトレーニングになってきた。

「売上が増えた」で終われなくなった

例えば、営業部門が頑張って売上を増やしたとする。

当然、良いことに見える。

しかし、売上を増やすために小口案件を大量に獲得していたらどうだろう。

売上は増えた。

一方で、

配送回数が増える。
物流費が増える。
事務処理も増える。

結果として、利益はほとんど増えていないかもしれない。

ここで覚えたのが、

「KPI間のトレードオフ」

という考え方だ。

一つのKPIを良くしたことで、別のKPIが悪化する。

だから、

部門KPI改善 ≠ 全社利益改善

になる。

KPIは一本ずつ見るのではなく、互いの影響まで見る必要がある。

「やった後」だけ見ても、効果は分からない

もう一つ重要だったのが、

「増分効果」

という言葉だ。

例えば、新規事業へ投資して3年後に売上が1億円になった。

「1億円の売上を作った。投資は成功だ」

と言いたくなる。

でも、その事業に投資しなくても既存事業が成長し、8,000万円の売上を作れていたとしたらどうだろう。

投資によって新しく生まれた効果は、単純に1億円とは言えない。

そこで、

「もし、この投資をしなかったら?」

を考える。

これが「反実仮想」だ。

施策後の数字を見るだけでなく、

実施した場合 − 実施しなかった場合

で考える。

すると「投資した結果、数字が増えた」だけでは足りなくなる。

成長市場だから儲かる、でもない

これも以前なら、かなり魅力的に感じていた。

「この市場は今後伸びます」

ならば、投資すべきではないか。

しかし、

市場成長性 ≠ 自社収益性

である。

市場が10%成長しても、

競争が激しい。
価格決定権がない。
自社の強みが生きない。
参入コストが高い。

そんな市場なら、自社が利益を得られるとは限らない。

逆に、市場全体の成長率は低くても、自社に強い技術や顧客基盤があり、高い価格を維持できる領域の方が魅力的かもしれない。

「市場が伸びるか」と、

「その市場で自社が儲けられるか」

は別の問いなのだ。

良いものを作れば、高く売れるわけでもない

顧客から高く評価される技術がある。

新しい用途も見つかった。

ここでも、

「高付加価値商品として売れる」

と簡単につなぎたくなる。

しかし、

新用途 ≠ 差別化

であり、

顧客価値 ≠ 自社利益

でもある。

他社でも簡単に作れるなら、価格競争になる。

そこで重要になるのが、

「代替困難性」

「価格プレミアム」

「価値の価格転嫁」

という言葉だ。

顧客に価値を提供するだけではなく、

その価値を、どう自社の利益として取り込むのか。

ここまで考えて初めて、経営の話になる。

「何をやるか」は、「何をやらないか」でもある

さらに最近、気になるようになったのが、

「機会費用」

だ。

人も、お金も、時間も有限である。

A事業へ10人投入すれば、その10人をB事業へ投入することはできない。

だから投資判断では、

「A事業は儲かるか」

だけでは足りない。

「その経営資源を、ほかに使った方がもっと儲からないか」

まで考える必要がある。

ここから、

「事業ポートフォリオ管理」

「経営資源の再配分」

という考え方につながっていく。

経営とは、良さそうな施策を次々追加することではない。

限られた資源を、どこから引き上げ、どこへ投入するかを決めることでもある。

最近、KPIツリーの「→」が怖くなってきた

以前なら、

KPI A ↑
↓
KPI B ↑
↓
営業利益率 ↑

と、比較的素直につないでいた。

今は「→」を書くたびに少し疑う。

分子が増えたのか。分母が減ったのか。

売上ではなく、粗利額も増えたのか。

追加粗利は追加コストを上回っているのか。

別のKPIを悪化させていないか。

何もしなかった場合と比べても、本当に効果があったのか。

そして、

限られた経営資源を、そこへ使うことが本当に最善なのか。

語彙を増やしているだけなのに、以前より簡単に答えを出せなくなった。

でも、それでいいのだと思う。

経営を考えるということは、きれいな「→」をたくさん描くことではない。

その「→」は、本当につながっているのかを疑い続けることなのかもしれない。

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