夏休み明けの一週間が終わった。
長かった。
月曜日からお客様への謝罪訪問。
そこから次々と仕事が続き、まさに怒涛の一週間だった。
夏休み中は、
「休みが終わったら、またあの仕事が始まるのか……」
と、かなり憂鬱だった。
ところが実際に一週間を走り切ってみると、少し意外なことに気づいた。
先週より、今週のほうが気持ちは楽だったのである。
休んでいたのに、頭の中は働いていた
夏休み中、身体は仕事から離れていた。
しかし、頭はそうでもなかった。
「あのトラブルをどうしよう」
「お客様には何と言われるだろう」
「この先どうなるんだろう」
まだ起きてもいないことを、頭の中で何度もシミュレーションする。
考えても答えは出ない。
それでも考える。
そして、だんだん憂鬱になっていく。
今振り返ると、身体は休んでいたが、頭はかなり疲れていたのだと思う。
月曜日、いきなり謝罪訪問から始まった
そして夏休みが明けた。
いきなり重たい仕事からスタートである。
お客様への謝罪訪問。
もちろん、行きたくて行くわけではない。
移動も長い。
精神的にも楽な仕事ではない。
しかし、実際に現地へ行き、お客様と顔を合わせ、話をする。
状況を説明する。
立て直しについて話し合う。
すると、頭の中だけで想像していた世界とは少し違っていた。
当然、厳しい話もある。
それでも、実際に話をすれば相手の表情が分かる。
こちらの説明に対する反応も分かる。
そして、何をすればよいのかも少しずつ具体的になる。
「分からない怖さ」が、「やるべきこと」に変わっていった。
これだけでも、心理的にはかなり違った。
行動すると、悩みが「事実」に変わる
今回の一週間で感じたことがある。
悩んでいるとき、頭の中には「想像」が大量に混ざっている。
怒られるかもしれない。
失敗するかもしれない。
悪く思われているかもしれない。
うまくいかないかもしれない。
しかし、実際に動けば、
「ここは問題だった」
「ここは意外と大丈夫だった」
「ここは相手も理解してくれた」
「次はこれをやればいい」
と、一つずつ事実に置き換わっていく。
もちろん、行動した結果、悪い事実が分かることもある。
それでも、
正体の分からない不安を抱え続けるより、問題の正体が分かったほうが対処はしやすい。
今週は、そんな感覚があった。
「気持ちが整ったら動こう」は逆なのかもしれない
以前の私は、
気持ちが落ち着く → 行動する
という順番をどこかで考えていた。
不安がなくなったら動こう。
頭を整理してから話そう。
自信が出てからやろう。
しかし今回感じたのは、むしろ逆である。
行動する → 状況が分かる → やるべきことが見える → 気持ちが整理される。
先週は時間があった。
だから、たくさん考えた。
今週は時間がなかった。
だから、動いた。
ところが結果的には、忙しかった今週のほうが感情は整理された。
少し皮肉な話である。
もちろん、動けばすべて解決するわけではない
だからといって、
「悩んでいる暇があったら、とにかく動け」
という精神論にしたいわけではない。
疲れているなら休むことも必要だ。
一度立ち止まって考えたほうがいい問題もある。
ただ、考えても新しい情報が増えない状態になったら、そこから先は行動したほうがよいのかもしれない。
会う。
聞く。
確認する。
資料を作る。
一つ決める。
少し外を歩く。
何でもいい。
行動すれば、新しい情報が入ってくる。
新しい情報が入れば、頭の中だけで作っていた不安の世界から少し抜け出せる。
怒涛の一週間が終わって思うこと
夏休み明けの一週間。
決して楽な一週間ではなかった。
むしろ、かなりしんどかった。
それでも、先週の自分より今の自分のほうが少し落ち着いている。
問題がすべて解決したわけではない。
仕事が減ったわけでもない。
それでも、実際に動いたことで、
「分からない不安」が「具体的な課題」に変わった。
それが大きかったのだと思う。
考えることは大切である。
でも、考え続けることが自分を苦しめ始めたら、一度動いてみる。
心が軽くなったから動けるのではなく、動いた結果として心が軽くなることもある。
怒涛の一週間だったからこそ、そんなことを実感できた一週間でもあった。
来週もいろいろある。
それでも、まだ起きていない来週のことを、今日から全部背負う必要はない。
まずは、この一週間を乗り切った。
今日はそれで良しとしたい。

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