町工場の強みは、技術そのものだけではありません。
「その技術を、どの市場に、どんな価値として届けるか」で会社の未来は大きく変わります。
今回は、公共インフラの水門製造を主力としてきた鉄工所が、アウトドア商品という自社ブランドを育て、事業構造を安定化させた事例を紹介します。
乗富鉄工所とは
- 業種:鉄工所
- 創業:1948年
- 規模:70人
- もともとの主力:水門受注(公共インフラ系)
経営者の決意:水門の世界で起きた「静かな構造変化」
乗富鉄工所は、水門受注を専門としてきた鉄工所でした。公共インフラを支える仕事であり、技術難易度も高い領域です。
しかし時代の変化が、ジワジワと経営を圧迫します。
- 水門の素材が金属製からステンレス製へ(サビに強くなり更新需要が減少)
- 公共工事特有の繁閑差が大きく、稼働が安定しにくい
- 忙しい時期は人も設備もフル稼働、途切れれば固定費だけが重い
そこで経営者が考えたのが、「自分たちのペースで作れる自社商品を持ち、事業構造を安定させる」という決断でした。
社内の反発と転機:お客様の一言が「技術の出口」を決めた
新しいものづくりへの挑戦は、社内の反発も起きやすいものです。乗富鉄工所も例外ではなく、否定派が多かったといいます。
そんな中、転機になったのが、お客様からの意見でした。
「アウトドア用品とか、作れないんですか?」
アウトドア用品は、屋外で長期使用され、壊れにくさが求められます。水門で培った溶接技術・耐久性は、まさに親和性が高い領域。
こうして同社は「技術の出口」をアウトドアへ定め、挑戦を加速させます。
強み:2000案件の水門経験が生んだ、真似できない一気通貫力
乗富鉄工所の強みは、単なる溶接技術だけではありません。
- 2000案件の水門開発経験に裏打ちされた品質・安全思想
- 分業ではなく、設計から製造まで一気通貫で完結できる総合力
- 現場効率を高めるため、治具や工具すら自社開発する改善文化
水門は「命と財産を守る設備」。求められる品質水準が高いからこそ、その蓄積は簡単に真似できません。
自社商品:アウトドア用品(焚き火台・キャンプ用品など)
こうして生まれたのが、焚き火台をはじめとするアウトドア商品です。
- 高耐久
- 屋外使用
- 長期利用前提
ポイントは「何でも作る」ではなく、水門技術の延長線上にある分野から始めたこと。ブランドの芯がブレにくく、ファンづくりにもつながります。
伝える:SNS動画・工場見学で“価値の翻訳”を始めた
同社はSNSで利用シーンを動画発信し、工場見学も行い、採用拡大にもつなげています。
技術は、黙っていても伝わりません。技術を「価値」として伝えるためには、分かりやすい翻訳が必要です。
コラボ:デザイン×鉄工、さらに家具領域へ
デザイナーとのコラボで「使う人の生活に馴染む形」を追求。最近では家具メーカーと連携し、オフィス家具開発にも取り組み始めています。
ここでも重要なのは、何でも広げるのではなく、強みの延長にある領域へ段階的に広げている点です。
診断士としてのアドバイス
総評:労働集約×繁閑差の構造から抜ける「王道の転換」
同社は、溶接技術と一気通貫のものづくり力という強みを起点に、シュリンク傾向かつ利益率が低い水門事業から、自社商品開発へ転換し、収益性改善に成功したと評価できます。
ただし、鉄工所のビジネスは人と時間に依存しやすく、品質も属人化しがちです。今後は、技術継承・属人化解消で生産を安定化させながら、上流参画とファン育成でブランドを強くし、収益基盤をさらに強化するのが望ましいです。
① 伝える:技術を“意味のある言葉と映像”に変える
- 社長の経歴ストーリー(水門の世界からの転換の葛藤と決断)
- 会社の実績(水門で培った品質思想)
- 職人技の違い(従来品との差・耐久性の根拠)
- ブランドコンセプト(誰のどんな困りごとを解決するのか)
特に有効なのは動画です。溶接や仕上げ、素材の厚み、変形しにくさなど“言葉だけでは伝わらない価値”が、動画なら伝わります。
さらに「買う人」を増やすだけでなく、“関わる人(ファン)”を増やす設計が重要です。
- ファン交流イベント(使用者ミーティング、試作品体験会)
- 限定サービス(名入れ、限定ロット、メンテナンス)
- 共同開発(困りごと募集→試作→先行販売)
② 組織改革:技術継承と営業の分業で「再現性」を作る
属人化は最大のリスクです。品質がブレるとブランドは崩れます。そこで、次を推奨します。
- スキルマップ作成(誰が何をできるか可視化)
- 若手育成計画(技術継承ロードマップ)
- 職人技の動画マニュアル化(暗黙知→形式知へ)
- 工程の標準化(標準時間・標準品質の定義)
また、事業転換期ほど「営業の分業」が効きます。
- お客様の声を集める役割(ヒアリング・コミュニティ運営)
- ターゲット別の提案役割(用途別訴求・販路別訴求)
- 制作側は品質と生産性に集中(作る人を守る設計)
③ 広げる:ものづくりだけでなく“企画・設計から入る”
単なる製造受託や単品販売は、価格競争に巻き込まれやすい。そこで、企画・設計から参画し、利用シーンや課題に近い場所で仕事をすることで、価値で選ばれる立場を作ります。
④ コラボ:次の有望領域は「高耐久・屋外・長期使用」軸で選ぶ
現在のアウトドアに加え、次の領域は親和性があります。
- 介護用品(耐久性・安全性・清掃性)
- ガーデニング用品(屋外耐候性)
- DIY用品(使いやすさ・メンテ性)
ただし、一気に全部やらない。まずは1領域に絞り、成果が出たら横展開が堅実です。
また、生産能力が課題になった段階で、外注化と内製再設計を行い、品質基準を満たすパートナー育成(協力工場化)も検討します。
⑤ 絞る:用途別ブランド化で“選ばれる理由”を明確化
チャネル拡大が進んできた段階で、用途別にブランドを分けることを推奨します。
- アウトドア
- 介護
- ガーデニング
- DIY
用途別にすることで、顧客の頭の中で「何の会社か」が一瞬で理解され、購買までの迷いが減ります。
⑥ IT化:どんぶり勘定を止め、“儲かる型”を作る
自社商品が伸びるほど、利益管理が重要になります。推奨は次の管理軸です。
- 案件別・商品別・顧客別の利益管理
- 見積価格と実績価格の差分分析(利益漏れの原因特定)
- 見積標準化(材料・工数・外注・間接費の標準)
これにより「頑張っているのに儲からない」を防ぎます。
取り組みの優先順位(やらないことも含めて明確化)
- 伝える+組織改革(認知・ファン形成・技術継承で基盤づくり)
- 広げる(1領域に絞って成果→横展開)
- IT化+用途別ブランド化+パートナー連携(再現性のある拡大へ)
同時にすべてを広げないことが重要です。成果が出る順番で、段階的に広げる。これが失敗確率を下げます。
KPI
- 営業利益率:自社ブランド営業利益率/一般案件営業利益率(事業転換の成果を定量化)
- 収益割れ案件数(どんぶり勘定の芽を潰す)
- LTV:ファン数、イベント参加数(ファン経由の継続購買を伸ばす)
- 認知度:SNSフォロワー数、問い合わせ数(伝える施策の効果測定)
- 技術継承度:若手継承率、工程標準化率(品質と生産の再現性)
- 案件数:ターゲット領域案件数(“選ぶ市場”が伸びているか)
町工場の事業転換は、派手なアイデアよりも「強みの再定義」と「伝える・作れる体制づくり」が鍵です。
乗富鉄工所の挑戦は、その王道を丁寧に踏んでいる好例だと感じます。


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