杖は、正直、地味な商材です。しかも多くの人にとって「できれば使いたくないもの」でもあります。
そんな杖を専門に扱い、京都で「杖といえば、つえ屋」と言われる存在になった店があります。
この会社の転機は、マーケティング理論でも、広告でもありません。社長自身が“使う側”になったことでした。
つえ屋の外形情報(制約条件の共有)
- 業種:杖専門店
- 所在地:京都
- 創業:2006年
- 従業員:9人
- 現状:年商1.3億円規模、京都での認知度が高い
ここで重要なのは「規模感」です。9人という小さな組織で、接客品質・商品提案・仕入れ・在庫・修理加工・発信を回しています。つまり、意思決定と現場の距離が近い一方で、属人化しやすい構造でもあります。
経営者の決意:視点がひっくり返った瞬間
創業当初は、社長自身も「安易な気持ち」で杖を売り始めています。
- 在庫は約5,000本
- 利益優先で、接客は“売る側目線”
- お客様の要望を汲み取れず、提案が空回り
結果、お客様から言われた言葉は「大したことないなぁ」。これは商品ではなく、店の存在価値そのものを否定される一言です。
その後、社長自身がレーベル病で視力が低下し、「使う側の不安・不便」を体感します。ここで社長の接客観が変わります。
「売る前に、この人はどんな生活を送っているんだろうか?」
この問いが、つえ屋の“事業の起点”になりました。
「売る」をやめて「寄り添う」を選んだ結果、伸びた
以降、つえ屋が徹底したのは寄り添う接客です。
- なぜ杖が必要なのか
- どんな場面で使うのか(通院・旅行・外出・買い物)
- 人の目が気になるか/気にならないか
- 本人が“おしゃれでいたい”か
この深いヒアリングがあるからこそ、商品開発も尖りました。
- 椅子になる杖
- 傘になる杖
- ライト付きの杖
- 派手でおしゃれなデザインの杖(アクティブシニア向け)
社内では「売れない」と言われた商品が、結果として“刺さる層”に届き、売上は数倍に伸長。現在は年商1.3億円規模まで成長しています。
つえ屋の強み:簡単に真似できない「状態」を作っている
つえ屋の強みは、単に「杖が多い」だけではありません。重要なのは、強みが“連鎖”している点です。
- 京都という観光地立地(シニア・インバウンドの流入がある)
- 20万点級の品揃え(探せる、見つかる)
- 顧客に最適解を出す接客技術(ヒアリング→提案→フィッティング)
- つえ美術館による文化発信(“道具”から“文化”へ格上げ)
- 即行動の経営姿勢(顧客の違和感を放置しない)
この結果、京都では「杖=つえ屋」という想起が生まれています。これは広告で作るのが難しい、時間をかけて積み上がる資産です。
中小企業診断士としての示唆:つえ屋は“良い店”だが、まだ「事業」になり切っていない
ここからは診断士の視点で、構造的に整理します。つえ屋は間違いなく良い会社です。ただし、事業として見ると課題が残ります。
現在の構造(強いが脆い)
- 接客力と提案力が高い
- 商品開発の勘所を持つ
- 地域でのブランドが強い
課題(伸びるほど顕在化する)
- 社長依存:接客の質、商品開発の発想、意思決定が個人に寄る
- 売り切り型:需要の波があり、月次の安定性に欠ける
- 地域限定ブランド:京都以外での再現性が弱い
- データ資産が未活用:オーダー履歴・体型・用途データが“事業資産化”しきれていない
結論はシンプルです。「杖」は強いが、「生活支援の事業構造」になり切っていない。ここを超えると、つえ屋は一段上に行けます。
診断士としての打ち手(短期・中期・長期)
短期:個人向け深耕と「型」の構築(属人化のコントロール)
まずやるべきは、社長と職人の頭の中を“型”に落とすことです。全部を仕組みにするのではなく、仕組みにできる部分だけを選びます。
- 社長の創業ストーリー(失敗→病→寄り添い)を発信し、信頼を獲得
- 用途別発信:旅行・防災・ギフト・外出・室内・おしゃれ目的
- 過去のオーダーメイド事例を整理し「体型×用途」のパターン化
- ニーズが多いパターンはシリーズ化(ラインナップ拡張)
- 接客のヒアリング項目とチェックポイントをマニュアル化
注意点:最終フィッティングは職人技として残す。無理に形式知化すると品質が落ちるため、“残す領域”を決めるのが現実的です。
中期:法人連携+サブスク化で「売り切り依存」を脱却
次は法人です。ここで狙うのは売上拡大だけではなく、需要の平準化と継続収益です。
- 介護事業者・高齢者施設・医療機関との連携
- 自治体の高齢者支援施策との連動(イベント、啓発、補助制度)
- 加工・修理・調整をサブスク化(定期点検、メンテ、交換)
- 「杖屋」ではなく「移動と生活支援ブランド」として位置づける
長期:京都以外へは“慎重に横展開”、海外は直販しない
ブランドの横展開は、直営拡大よりも「出店型」で始めるのが安全です。
- 百貨店や期間出店で認知を取る(いきなり常設はしない)
- 海外は商社経由/日系販売店経由でテスト(返品・物流負担を抑える)
- インバウンドで知った顧客に、帰国後も想起してもらう導線を整える(多言語サイト等)
KPIツリー(構造)
KGI:営業利益率
- 売上
- 客数(新規/リピート)
- 法人売上
- 客単価
- 既製
- オーダーメイド
- 加工・修理
- サブスク
- 法人
- 粗利
- 用途別粗利
- 商品別粗利
- 加工・修理粗利
- サブスク粗利
- 生産性
- スタッフ一人当たり売上
- スタッフ一人当たり粗利
- マニュアル化率
- 育成率
- 先行KPI
- オーダーメイド比率
- サブスク契約率
- サブスク継続率
- イベント開催数
おわりに:つえ屋が売っているのは「杖」ではない
つえ屋が提供している本質は、杖そのものではありません。
「また外に出ようと思える気持ち」です。
だからこそ、この価値を社長個人の才能で終わらせず、再現可能な構造へ変換できたとき、つえ屋は「京都の名店」から「日本を代表する生活支援ブランド」へ進化します。

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