美容業界は華やかに見えて、実は人が定着しにくい業界です。長時間労働、土日出勤、体力負担、ライフイベントとの両立の難しさ。結果として、資格を持ちながら現場を離れる「休眠美容師」が大量に生まれています。
そんな業界構造に、経営者自身の人生を懸けて風穴を開けた美容室があります。それが「と和」です。
経営者自身が「介護される側」になった経験
と和の社長は、美容師として、経営者として、まさにこれからという時期に、病気により車椅子生活を余儀なくされるという経験をします。仕事が軌道に乗り始めていた時期だからこそ、「なぜ自分が」というやり場のない感情に押し潰されそうになった日々。
その中で、ある出来事が転機になります。美容の力によって、自分自身が前向きになれた瞬間でした。
- 外見が整うことで、気持ちが前を向く
- 人の手が入ることで、尊厳が守られる
この実体験が、介護の現場と、美容師としてのスキルを融合させる事業構想につながっていきます。
「形だけの働き方改革」が招いた大失敗
起業後、社長はすぐに「働き方改革」に取り組みます。しかし、最初は制度だけを先に作る失敗を犯します。
結果は厳しいものでした。
- 従業員10人中、7人が退職
- 理念と現場の乖離
- 制度はあるが、使えない職場
ここで多くの経営者が心折れます。しかし、と和は違いました。
価値観から就業規則を作り直し「19種類の働き方」を実装
そこから社長は、徹底的に話し合うことを選びます。
- どんな生活を送りたいのか
- 何を大切にしたいのか
- どこまで働き、どこで休みたいのか
その積み重ねの中で生まれたのが、フローチャート型で19種類から選べる働き方です。
- 時間単位の有給取得
- 柔軟なシフト設計
- 2015年から残業時間を4分の1に削減
- それでも売上は2015年から2倍、創業期比では5倍に成長
単なる「優しい会社」ではありません。生産性を高めた結果としての働き方改革です。取り組みは評価され、東京ライフ・ワーク・バランス認定企業にも選ばれました。
真似できない強みは「就業規則そのもの」ではない
と和の強みは就業規則の文面だけではありません。
- 就業規則を作るまでのプロセス
- 経営者自身の原体験
- 価値観のすり合わせを前提とした設計思想
これらは、書類だけを真似しても再現できない参入障壁です。結果として、と和は休眠美容師に働く場を提供し、定着率を高め、時間当たり売上を伸ばすという、業界では異例の成果を上げています。
中小企業診断士としてのアドバイス
① このモデルが成立している理由(構造)
と和は、「売上=長時間労働」という美容業界の前提を壊しました。ポイントは3つです。
- 働き方を柔軟にする代わりに「時間当たり売上」を最大化
- 人材をコストではなく資産として扱う設計
- 価値観起点で制度を作り、形骸化させなかった
特に重要なのは、60%に及ぶ休眠美容師という“未活用人材市場”を掘り起こした点です。採用競争に突っ込むのではなく、「働けなかった人が戻れる設計」を作った。ここが強い。
② 今後の最大のリスク(美容業界の罠)
美容業界は競争が激しく、価格競争・人材流出・スキル属人化のリスクが常につきまといます。このままでは、
- 働きやすいが利益が出ない
- 人は集まるが差別化できない
という状態に陥る可能性があります。だから次の一手が必要です。
③ 戦略の方向性:介護×美容への進化(短期→中期→長期)
短期(広げる①):差別化の“芯”を作る
- 人材を資産化するため、キャリアパスを定義し、個別の育成計画を回す
- 介護資格の取得支援を制度として組み込む(これが差別化の根拠になる)
- 介護を必要とする顧客に絞ったサービス設計(絞る)
- リピート率を把握し、高リピート顧客に定期アプローチして稼働率を安定させる
中期(広げる②):介護事業者とのコラボで柱を立てる
- 介護事業者(施設・在宅)と提携し、施設向け美容サービスを標準化
- 訪問介護+美容のパッケージ(「整える=尊厳」)で付加価値を上げる
長期(広げる③):仕組みを外販し、事業を二階建てにする
- 美容業界向けに提供している勤怠スマホアプリを介護業界へ横展開
- サブスク型で提供し、労働集約一本足から脱却
- さらに「働き方設計ノウハウ」自体をコンテンツ化・研修化する余地もある
④ KPI設計(ここが収益と再現性を決める)
KGI(最終指標)は2つです。
- 時間当たり売上
- 利益率
時間当たり売上(生産性の本丸)
時間当たり売上 → 美容師別/時間帯別
= 稼働単価 × 稼働率
→ 資格取得比率(介護スキル)
→ +αメニュー提供率(介護×美容)
→ リピート率
利益率(価格競争に入らないための指標)
利益率 → 顧客別/美容師別/介護事業所別/アプリ別
= 売上 × 原価率
→ リピート率(安定稼働)
→ アプリ売上(労働集約の外)
→ 稼働率(人時生産性)
→ 介護事業者コラボ数(柱の太さ)
このKPI構造があるからこそ、「優しさ」と「収益性」を両立できる経営が可能になります。
まとめ:これは美容室の話ではない
と和の事例は、単なる美容室の成功談ではありません。
- 人が定着しない業界
- 働き方改革が空回りしがちな現場
- 人件費比率が高いビジネス
こうした業界すべてに通じる、「人を活かす経営」の実践例です。制度を作る前に価値観をすり合わせる。仕組みを作る前に覚悟を示す。その積み重ねが、5倍成長という結果につながっています。

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