ビクセン|縮小市場でも売上2割増。「望遠鏡」を“体験”に変えた老舗メーカーの転換

勝手に企業診断

天体望遠鏡と聞いて、あなたはどんなイメージを持つでしょうか。

  • 難しそう
  • マニア向け
  • 子どもの頃に一度触ったきり

ビクセンが直面していたのは、まさにこの“距離感”でした。

団塊世代の退場とともに市場を支えてきたコア層が減少し、天体望遠鏡市場は構造的に縮小へ。加えて、価格を下げれば海外の量産品に勝てない。品質を落とす選択肢もない。では、どうするのか。

ビクセンが選んだ答えは、「モノを売る」ことから一歩抜け出し、「感動が生まれる体験=コト」を売ることでした。


経営者の決意|レンズを覗いた瞬間の“感動”を、社会に取り戻す

経営者の原点はシンプルです。

  • レンズを覗いたときの感動を伝えたい
  • もっと星を好きになる人を増やしたい

しかし市場環境は厳しい。「天体望遠鏡=専門家の道具」という固定観念が、新規顧客を遠ざけていました。

そこでビクセンは発想を転換します。

  • 天体望遠鏡を“学ぶ道具”から“楽しむ道具”へ
  • 商品説明から“体験の提案”へ
  • 機能訴求から“感情訴求”へ

象徴的なのが、音楽を聴きながら星空を眺める星空体験の企画。さらに「宙ガール」という言葉を生み出し、天体観測を“硬派な趣味”から“ライフスタイルの一部”へ再定義していきます。

結果、縮小市場の中で売上は2割増。顧客層は確実に広がりました。


ビクセンの強み|他社が真似できない「職人技 × 品質」

ビクセンは国内シェア60%を誇るトップメーカー。しかし本当の強みは数字ではありません。

レンズの洗浄・取り付け・固定。これらを担うのは長年の経験を持つ職人たちです。新人が同じ作業を行えば、工数は数倍に膨らみ、品質は安定しにくい。

つまりこの技術は、設備投資だけで追いつけない“人的資産”です。属人性はリスクでもあり、同時に競争優位でもある。ここが経営の肝になります。


中小企業診断士としてのアドバイス

1. 全体評価|「コトづくり」で市場を再定義した優秀な転換事例

ビクセンは「縮小市場 × 高付加価値 × 属人技術」という難条件の中で、価格競争に陥らず新規顧客を増やし、売上を伸ばしました。これは製造業の中でも完成度の高い転換です。

ただし課題も明確です。

  • 市場は今後も大きくは拡大しない(縮小・波が前提)
  • 職人技の属人性が高く、継承が経営リスクになりやすい
  • 販路が専門店・天文ショップ寄りになりやすく、放置すると顧客層が再び狭まる

したがって今後は、「コトを増やす」+「人と組織を強くする」の両輪が不可欠です。コトづくりの前進が、組織の限界(職人不足、営業不足、CS不足)で止まる状態を避けなければなりません。

2. 伝える|用途・シーン別に「星を見る理由」を言語化する

今後はさらに踏み込んで、用途別・シーン別の提案を強化すべきです。重要なのは「望遠鏡のスペック説明」ではなく、その道具でどんな時間が手に入るかを語ることです。

用途例(望遠鏡・双眼鏡を含む):

  • アウトドア/キャンプ:夜の“最高の娯楽”としての星空
  • 旅行・レジャー:旅先でのナイトコンテンツ(ホテル連携の可能性も高い)
  • 教育・学習:学校・家庭学習(探究学習、自由研究、理科の体験)
  • スポーツ・イベント観戦:双眼鏡の最適化(座席距離、暗所、手ブレ対策)
  • 警備・監視・測量:業務用途(耐久・防塵・暗所性能などで差別化)
  • 防災・安全:避難所運営・被害確認などのニーズも整理(過度に広げず検証)
  • 趣味・ライフスタイル:「宙ガール」文脈の強化(写真・音楽・癒し)

発信コンテンツは、社長の想い、会社実績、職人の仕事、実際の利用シーン(動画)を軸にします。さらに会員制コミュニティ(ファンの投稿→メーカーがコメント)を作ると、ユーザーの使用シーンが資産化され、次の企画の材料が溜まります。

3. 広げる|モノ販売から「体験+伴走」へ。サブスク型アフターが現実解

拡大の方向性は、アフターサービス型(実質サブスク)をおすすめします。理由は、縮小市場では「単発販売の波」に業績が振られ、かつ職人技の供給制約が出やすいからです。継続収益を持つと、技術継承や採用投資がやりやすくなります。

具体例:

  • 学校・法人向け:定期メンテナンス、レンズ交換、保管指導
  • イベント支援:次回企画の相談、教材・台本・観察ガイド提供
  • 用途別導入支援:現場に合う機材選定、運用の型(チェックリスト)提供

注意点として、消費者直販は最初から拡大しすぎないほうが安全です。物流・CSが未整備の段階で直販比率を上げると、コスト増・クレーム増でブランド毀損につながります。まずは「伝える」で認知を取りつつ、用途を絞ってスモールスタートし、体験・伴走を売るモデルを固めてから直販を強める順番が堅いです。

4. 組織改革|職人技を「見える化」し、継承可能にする(最大の経営課題)

最大の経営課題は、職人技の属人化です。競争優位でもありますが、同時に事業継続リスクにもなります。ここを放置すると、売れても作れない、品質が安定しない、教育が追いつかないという“成長の天井”が来ます。

対策は以下をセットで実行します。

  • 職人スキルの分解:工程を粒度高く棚卸しし「何が難しいか」を言語化
  • スキルマップ:従業員別にできる工程・レベルを可視化
  • 継承計画:誰が誰に、いつまでに、どの工程を渡すか(育成ロードマップ)
  • 動画・手順書:品質の勘所(NG例含む)を残す。新人教育の再現性を上げる
  • 用途別営業ツール整備:誰が説明しても同じ価値が伝わる資料を整える

さらに、新規開拓の前に、既存顧客から用途ヒアリングを徹底すること。現場に答えがあるためです。用途の優先順位と勝ち筋を固めてから、営業投資を厚くするのが無駄がありません。

5. 取り組み優先順位(重要:やる順番を間違えない)

  1. 伝える+組織改革:認知度とファンを増やしつつ、社内は用途企画・営業の準備、技術継承の土台作り
  2. 広げる(用途を絞ったスモールスタート):学校・法人・ホテルなど、イベントと親和性が高い領域から
  3. データが溜まった段階で:用途専用モデル開発、サブスク型アフターサービスで継続収益化

6. KPI設計|なぜこの指標か(背景まで明確に)

最重要KPIは「用途別イベント参加数」です。理由は、イベントがファン化を生み、そのファンがリピーター・紹介・購入につながる“上流KPI”だからです。

  • 用途別イベント参加数(最重要)
  • 認知度:SNSフォロワー数、問い合わせ数、動画視聴数、メルマガ登録数
  • LTV:リピーター数、会員数、イベント再参加率、紹介件数
  • 売上:用途別売上・客数、法人売上比率、平均単価
  • 組織力:職人技継承率、教育完了工程数、用途別営業ツール整備率

このKPI構造にすると、短期は“参加数と反応”で手応えを測り、中期は“継続率と売上”、長期は“組織力(供給能力)”で成長の天井を押し上げられます。


まとめ|「星を売る会社」から「星を好きになる体験をつくる会社」へ

ビクセンは、縮小市場の中で「コトづくり」を徹底し、顧客層を広げ、売上を伸ばしました。次の勝負は、コトを増やし続けられるだけの組織力(技術継承・営業力・提供体制)を作れるかどうかです。

“星の感動”は、まだまだ社会に必要です。だからこそ、体験を増やし、技術を残し、ファンを育てる。ここに次の成長の筋があると考えます。

コメント