貿易会社。1980年創業。9人。
沖縄発で、香港・台湾に向けて商売を作ってきた会社だ。
派手なITの話ではない。だが、やっていることはかなり戦略的。
結論から言う。
新垣通商は「商品」を変えたのではない。
「勝ち方(再現性のある仕組み)」を残したまま、軸を入れ替えた。
その結果、震災直後の1.8倍、売上29億円まで伸ばした。
2020年にはウェブサイトも立ち上げ、業績は安定している。
1. 社長の決意は「時代に合わせて捨てる」だった
創業当初は、日の丸家電や化粧品が売れた。
ところが、環境が一気に変わる。
- 円高
- 海外メーカーの台頭
- メイドインジャパンの価値低下
- 販路開拓に協力してくれたパートナーの離脱
そこで「自分たちのビジネスは自分たちで作る」に立ち戻り、香港に現地法人を作った。
しかし次の逆風が来る。
東日本大震災。
風評で日本製化粧品が売れなくなった。
ここで多くの会社は折れる。
だが、この会社は視点を変えた。
「沖縄の地域活性に貢献する」という原点に戻り、沖縄商品に軸足を移したのだ。
沖縄は健康長寿の島。健康志向の波も追い風になった。
2. 強みは「沖縄商品」ではない
ここ、勘違いしやすい。
強みは沖縄商品そのものではない。
新垣通商の強みは、3つある。
① 沖縄に特化した調達力
沖縄に特化して長年やってきた。だから仕入れ先(作り手)との関係性が深い。
② 香港・台湾で「売れる条件」を知っている
何が売れ、どう見せると動くか。現地目線で理解している。
③ 売り手と作り手の「翻訳者」になれる
作り手の思いを理解しつつ、売り手の都合で商品価値を組み直す。
これができる会社は少ない。ここが参入障壁になる。
つまりこの会社は、
「沖縄の良いモノを売っている」のではなく、
「価値を翻訳して売れる形にしている」。
3. 震災で売れなくなったのは「商品」ではなく「差別化」だった
診断士目線で言うと、当時の詰まりはここだ。
化粧品はコモディティ化が強い。差別化しにくい。そこに風評が乗った。
要するに、
- 代替が多い
- 価格競争になりやすい
- ストーリーが弱い
売れなくなる条件が揃った。
そこで強みの「マッチング力」を使って、沖縄商品に置き換えた。
沖縄商品はストーリーが作れる。健康長寿という文脈にも乗る。
そして売り手と作り手が共同で、商品価値を売り手目線で見直し、価値を上げた。
結果、
- 価値を理解する顧客が増える
- 購買点数が増える
- 売上が伸びる
この流れを作れた。
4. ただし課題は明確(ここからが本番)
ここまでで会社は立て直した。だが課題は残る。
課題① 香港・台湾依存で需要の波を受けやすい
売り切り型のため、外部環境で売上が揺れる。安定した売上が必要。
課題② 卸なので価格決定権が弱い
売上ではなく、粗利を確保する設計が必要。
つまり次のテーマはこうだ。
「売れる」から「儲かる」へ。
5. 診断士としての打ち手(短期・中期・長期)
短期:利益の見える化と「価値の証拠」づくり
- チャネル別/カテゴリ別/商品別の利益を可視化
- 健康・美容・未病に関するエビデンスを整理
- 日常の活用シーンを用途別に具現化
- エビデンスとストーリーで認知を上げる
ここは地味だが効く。
「価値がある」ではなく、「価値が伝わる」に変える。
中期:医療・介護に絞り、定期収益とPBで粗利を取る
- ターゲットを介護・医療へ絞る
- 法人サブスクで季節性商品を定期提供
- 商品企画段階から参加(セット化・パッケージ化)
- PB化で粗利率向上を狙う
狙いは明確だ。
指名買いを増やし、代替性を下げ、価格交渉力を上げる。
長期:国内+アジアへ拡張し、リピートを作る
- 展示会や百貨店イベントでニーズ探索
- インバウンド向けイベントで反応確認
- 購入者は自社サイトで想起させ、リピートへ
- 一定量確保後に物流センター構想を検討
ポイントは順番。
先にニーズ、次に量、最後に物流投資。
逆にすると、固定費で苦しくなる。
結論:この会社の本当の価値
新垣通商の価値は、「沖縄の商品を売っている」ことではない。
売り手と作り手の間で、価値を翻訳し直す力(マッチング力)を持っていること。
そして次のステージは、売上を追うフェーズではない。粗利を取るフェーズである。
売り切り型から、定期収益+指名買い+PBへ。
ここまで行けば、需要の波にも強くなる。
新垣通商は「地域の良いモノを外に出す会社」から、
「地域の価値をブランド化する会社」へ進化できる。
ここからが面白い。

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