元湯陣屋|借金10億・赤字の老舗旅館が「ITで蘇る」までの物語

勝手に企業診断

温泉旅館は、華やかに見えて、実は“重い産業”です。建物は古くなる。修繕はかさむ。繁忙期と閑散期の差は激しい。人手は必要なのに、人件費は膨らむ。そして何より現場は忙しい。忙しすぎて改善が回らない。

そんな旅館業で、就任当初「借入金10億」「赤字」だった会社を、売上7億4,000万(就任時の約2.5倍)まで持ち上げたのが元湯陣屋です。

1. 就任当初の敵は「お客様」ではなく「館内の分断」だった

元湯陣屋が抱えていたのは、典型的な老舗旅館の構造問題でした。

  • 館内とフロント、バックヤードの意思疎通ができない
  • 伝達が遅れ、抜け漏れが起きる
  • 誰が何をやるのか曖昧で、フラストレーションが蓄積する
  • 結果として「接客に集中できない」状態に陥る

旅館は接客業です。なのに接客に集中できない。ここが一番の痛手でした。

社長はここにメスを入れます。

「ITで情報共有を整え、現場のムダを減らし、接客に集中できる状態を作る」

2. 最大の壁はベテランの抵抗と“危機意識の薄さ”

IT化を始めた当初、ベテランから強い抵抗があり、うまくいかなかった。事業に対する危機意識も薄く、変わろうというマインドが欠けていた。

老舗ほど成功体験が強い。しかも旅館は日々の運営で手一杯になりやすく、改善より「目の前の稼働」を優先しがちです。その結果、変化は“追加業務”に見える。だから拒否反応が出る。

ただ元湯陣屋は、ここで折れませんでした。

ポイントは「正論で殴らない」こと。現場を責めず、成功体験を少しずつ積み上げたのです。

慣れれば便利。便利になれば時間ができる。時間ができればお客様に向き合える。満足が上がれば売上が伸びる。小さな成功が、現場の信頼を作ったのです。

3. 強みは旅館そのものではなく「陣屋コネクト」という再現性

元湯陣屋の強みは、旅館の立地やブランドだけではありません。旅館運営で見えてきた課題を踏まえ、実際に使いながら改善し続けた旅館業向けITの仕組み。

それが陣屋コネクトです。

現場で鍛えたシステムは強い。机上のIT導入ではなく「現場の困りごとから逆算している」からです。

さらに陣屋コネクトは、クラウド型の旅館システムとして外販もしている。総務大臣賞をもらえるほどの評価。旅館の再生ノウハウも活かし、廃業した旅館のリノベーションにも取り組む。

つまり元湯陣屋は“旅館”でありながら、実質は「旅館×IT×再生」の複合ビジネスです。旅館をショールームにする、という言葉が効いてきます。


中小企業診断士としてのアドバイス

結論:元湯陣屋は「守りのIT」ではなく「攻めの再投資」で勝った

元湯陣屋は「ITで生産性を上げて人件費を減らす」という守りの改革だけで終わっていません。空いた時間を接客に再投資し、満足度を上げ、売上を伸ばす攻めに転換できたことが勝因です。

旅館業は繁忙閑散期の差が激しい。固定費負担が重い。稼働率向上と属人化解消が課題。この構造を前提に、短期・中期・長期を順番通りに積み上げる必要があります。

大事なのは「やりたいこと」ではなく順番です。順番を間違えると、良い施策ほど現場が燃えます。

A. 直近(短期):標準化と属人化解消+リピーター深掘りで稼働率の土台を作る

1) 標準化・マニュアル化で属人化解消

旅館の現場は属人化しやすい。理由は接客が「状況対応」だから。ただし状況対応のすべてを属人化してはいけません。

標準化すべき領域は次の通りです。

  • 予約〜チェックイン〜案内〜食事提供〜チェックアウトの業務フロー
  • クレーム一次対応(事実確認→初動→責任者連携→記録)
  • 情報共有ルール(誰が・いつ・どこに・何を書くか)/引継ぎ(フロント⇔バックヤード)
  • 清掃・準備・点検のチェックリスト
  • 「例外」を分類し、例外を例外のままにしない仕組み

陣屋コネクトがあるからこそ、標準化を運用に落とせます。単にマニュアルを作るのではなく、システム上の入力・通知・承認と紐づけて回す。ここが他旅館との差になります。

2) リピーター獲得の深掘り(稼働率を上げる)

稼働率が上がれば固定費負担が軽くなり、利益が出やすくなります。ここで効くのは「記憶する旅館」になることです。

  • お客様の家族構成
  • 記念日
  • 過去の嗜好
  • 食事の好み、アレルギー
  • 部屋の好み、温度、枕

これを“個人芸”にしない。陣屋コネクトに蓄積し、チームで再現できる形にする。属人化解消とリピーター施策はセットです。

B. 中期:法人需要を取り込み、繁閑差をならす「第二の収益柱」を作る

個人客だけで戦うと、季節・連休・天候に振り回されます。そこで中期は法人柱を立てる。研修・合宿・会合・ワーケーションを取り込みます。

法人に売れるのは「部屋」ではなく成果です。法人に刺さる設計例は以下です。

  • 研修成果を最大化する動線(会議→食事→温泉→睡眠→朝の集中)
  • 幹事の負担軽減(資料共有、領収書、進行支援)
  • 目的別テンプレプラン(新人研修、管理職合宿、チームビルディング、役員会議)
  • リピート運用(次回提案、年間計画、日程の仮押さえ)

旅館の経営コンサル(差別化の核)

元湯陣屋が強いのは、旅館再生を「言うだけ」ではなく、陣屋コネクトを使って現場で回る形に実装できる点です。一般の旅館コンサルが持っていないIT×現場改善の“実装力”が差別化になります。

C. 長期:介護・医療、インバウンド、そしてデータ収益化

1) 介護・医療への横展開

介護・医療の現場も、情報共有、引継ぎ、例外対応、品質ばらつき、属人化に悩んでいます。陣屋コネクトの運用ノウハウは横展開余地が大きい。さらに介護事業者向け長期滞在・湯治プランなど、旅館業とのシナジーも狙えます。

2) インバウンド需要

旅行会社とのコラボが現実的です。いきなり直販で海外集客を狙うより、既存販路と組む方が安全です。

3) 陣屋コネクトのデータで「利益を増やすOS」へ

陣屋コネクトの付加価値を上げるなら、次の可視化が効きます。

  • 客室別粗利
  • プラン別粗利
  • 曜日別・月別のばらつき

売上は上がっても利益が残らない旅館は多い。理由は「どの部屋・どのプランが儲かるか」が見えていないからです。ここが標準機能として回り始めると、陣屋コネクトは単なる旅館システムではなく旅館の利益を増やすOSになります。

D. 戦略の優先順位(順番が命)

  1. 伝える+短期の広げる(標準化・属人化解消・リピーター深掘り)
  2. 中期の広げる(法人需要、旅館コンサル)
  3. 長期の広げる(介護・医療、インバウンド、データ収益化)

①を飛ばして②③に行くと、現場の型がないまま需要が増え、品質が崩れます。順番を守ることが最大の戦略です。

E. KPI設計(最重要KPIは稼働率と属人化解消)

最重要KPI

  • 稼働率
  • 属人化解消(標準化・多能工化)

稼働率の分解

  • 稼働率 → 客単価 → リピート率
  • 購買回数/購買単価/1回あたり購買点数

属人化解消の分解

  • 標準化整備率
  • 標準化工程処理率
  • 従業員スキルマップ充足率
  • 多能工化率

事業別の売上・ばらつき

  • 旅館事業/旅館コンサル/法人向け事業/旅館外事業
  • 曜日別・月別ばらつき

結果KPI(利益)

  • 利益率(旅館事業/旅館コンサル/IT外販)
  • 客室別・プラン別粗利

まとめ:元湯陣屋は「旅館の再生」ではなく「旅館業のOS化」をやっている

借金10億、赤字からの再生。その裏で起きていたのは単なるIT導入ではありません。

  • 情報共有の再設計
  • 現場のムダ削減
  • 接客への再投資
  • 仕組みを「陣屋コネクト」として外販し、旅館をショールーム化

次の勝負は、短期で標準化とリピーター深掘り。中期で法人柱と旅館コンサル。長期で介護・医療・インバウンド・データ収益化。順番通りに積み上げることが最も強い戦略です。

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