1泊30万円でも予約が埋まる理由──「逃げる」戦略で新市場をつくった天空の森の逆転劇

勝手に企業診断

旅館業の常識を、ここまで裏切って成功した宿があるでしょうか。

温泉宿「天空の森」。その宿泊料金は、なんと1泊30万円。それでも客室稼働率は90%を超えると言われます。

今でこそ「日本最高峰の隠れ宿」として知られる天空の森ですが、スタートはまったく逆方向でした。

はじまりは「1泊3,500円の激安宿」だった

創業当初の天空の森は、大手旅館と同じ土俵で戦おうとしていました。価格は1泊3,500円という激安設定。値段を下げればお客は来るはずだと考えたのです。

しかし現実は違いました。

  • 売上は伸びない
  • お客様も増えない
  • 価格競争に入っても誰も幸せにならない

そんな中で、経営者はあることに気づきます。

「お客様に喜んでもらいたいと言いながら、心の中では“お金が欲しい”と言っていた」

この気づきが、宿の方向性を大きく変えていきます。

大手と戦わず、あえて“逃げる”。そして新市場をつくる

大手旅館と同じ土俵では勝てない。それなら、土俵そのものを変えてしまえばいい。そう考えた経営者は、「戦わずに逃げる」という選択をします。

  • 同じ料理の量や品数で競わない
  • 同じサービスメニューで比べられないようにする
  • 同じ価格帯の中で消耗戦をしない

こうして生まれたコンセプトが、「自然の中で、誰にも会わずに過ごす究極のプライベート宿」という新しいマーケットでした。

美しい自然そのものが“価値”になった

天空の森の最大の強みは、豪華な客室でも、派手な設備でもありません。

  • 目の前に広がる広大な自然
  • 人の気配をほとんど感じない静けさ
  • 森の音や風の音が聞こえる環境
  • 地産地消の食材を使った料理

さらに特徴的なのは、「宿泊者同士が決して顔を合わせないようにする」という徹底した世界観です。

一般的な旅館の視点で見れば、これはとても非効率な運営です。しかし、この非効率こそが「最高の贅沢」となり、価格競争とは無縁のポジションを生み出しました

自然を守るためには多くのコストがかかります。その現実から目をそらすのではなく、天空の森はあえてこう伝えます。

「自然を守るにはお金がかかる。その価値を理解してくださるお客様に来てほしい」

この姿勢が共感を呼び、海外メディアにも取り上げられ、世界中の富裕層から注目されるようになりました。

中小企業診断士としての視点:天空の森が実践した成功戦略

ここからは、中小企業診断士としての視点で、天空の森の成功要因と今後の伸びしろを整理してみます。

1. 伝える:宿泊そのものではなく「滞在の物語」を売る

今の時代、客室や料理だけで旅館を差別化するのは難しくなっています。だからこそ、天空の森が発信すべきなのは「滞在全体のストーリー」です。

  • 自然ガイド付きのナイトツアー
  • 朝の森を歩くサイレントツアー
  • 星空の下で静かに音楽を楽しむアクティビティ
  • 森や川と触れ合うネイチャープログラム

こうした体験を、SNSや動画を通じて「ここでしか味わえない物語」として発信していくことが重要です。今の富裕層は、単なる宿泊ではなく、「人生の一場面になる時間」にお金を払います。

2. コラボ:海外富裕層を狙うなら旅行会社との連携は必須

海外の富裕層は、個人手配だけではなく、旅行代理店やコンシェルジュサービスを通じて宿を選ぶケースも多いです。

  • 富裕層向け旅行会社との提携
  • 海外向け高級宿専門サイトへの掲載
  • 地域の企業と連携した地産地消プランの企画

また、地域活性化の観点からも、地元農家や生産者と組んで「地域の恵みを体験できる宿」として補助金を活用しながら企画していく余地があります。

3. 広げる(柱):旅館コンサル事業と会員サービス

天空の森の世界観は、そのまま一つのブランドになっています。この強みを活かして、将来的には次のような柱も考えられます。

  • 旅館・ホテル向けのコンサルティング事業
  • 会員制サービス(リピーター向けの特別プランや先行予約枠)
  • 会員限定の自然体験プログラム(釣りや川遊び、森の再生ツアーなど)

宿という「箱」を超えて、「天空の森という考え方」を提供するイメージです。

4. 逆転の発想:人手不足を「完全プライベート」で逆手に取る

旅館業にとって、人手不足や属人化は大きな課題です。しかし天空の森は、「人にほとんど会わない」こと自体が価値になっています。

  • 非接触でのチェックイン・チェックアウト
  • 完全プライベートな食事空間
  • スタッフが必要なときだけ静かに現れる距離感

人手不足という弱みを、「お客様と従業員の双方にとって心地よい距離感」として逆転の発想で活かしている点は、多くの旅館が学べるポイントだと感じます。

5. 自社商品:宿の世界観を持ち帰れる商品づくり

天空の森のような宿は、「滞在が終わってからも思い出してもらえる仕掛け」を作りやすいです。

  • 宿専用のアロマやルームフレグランス
  • 客室で使っているインテリアや器の販売
  • 地元企業とコラボしたオリジナル食品やスイーツ

宿泊体験をきっかけに、「天空の森の世界観を日常に持ち帰る」商品までつなげることで、ブランドとしての広がりが生まれます。

戦わない。逃げる。だから生まれた新しい市場

天空の森の成功の本質は、とてもシンプルです。

  • 大手と同じ土俵で戦わない
  • 価格競争に巻き込まれない
  • 自然という価値に正面から価格をつける
  • 「誰にも会わない贅沢」という世界観で勝負する

逃げることは、弱さではありません。戦う場所を選ぶ、という強い意思です。

天空の森が提供しているのは、「宿泊」だけではなく、「人生を整えるための時間」そのものです。

1泊30万円でも予約が埋まる理由は、そこにあります。

コメント