世界でも名高い「刃物のまち」に、小さな職人企業があります。創業1933年、従業員35人の刃物メーカー 長谷川刃物 です。
彼らが作るのは、ただのハサミではありません。使う人の「困った」をひとつずつ解決するための、用途特化型ハサミです。
経営者の決意:価格競争に勝てないなら、戦わない
長谷川刃物は、もともと海外向けのハサミを製造していました。しかし、プラザ合意による急激な円高で輸出が一気に不利になり、国内の販路へ舵を切ります。
ところが、タイミング悪く今度は「100円ショップ」の台頭。ハサミが大量に安く売られ、価格競争に巻き込まれます。いくら頑張っても、安さ勝負では勝ち目がない――そんな現実に直面しました。
そこで経営者は、発想を変えます。
「安いハサミではなく、お客様の困りごとを解決できるハサミなら、きちんと価値で選んでもらえるはずだ」
ここから、長谷川刃物の「ニッチな用途に寄り添うハサミづくり」が本格的に始まりました。
長谷川刃物の強み:究極の切れ味と“寄り添う設計”
長谷川刃物の最大の強みは、職人技に裏打ちされた「究極の切れ味」と「使う人に寄り添った設計」です。
- クラフト用ハサミ
- キッチン用ハサミ
- ペットボトル専用ハサミ
- 切り絵用ハサミ
- 段ボール専用ハサミ
いずれも、「こういうものが欲しいんだけど…」というお客様の声から生まれた商品たちです。ニッチな分野であっても、困っている人がいるなら本気で応える。それが長谷川刃物のスタンスです。
二枚の刃をどう合わせれば、軽い力でスッと切れるのか。素材や厚みが違っても、切れ味を維持するにはどう調整するのか。そのすべてを支えているのが、関市で長年磨かれてきた職人の勘と技術です。
自社商品:使う人に寄り添った“困りごと解決ハサミ”
長谷川刃物のハサミは、単なる文房具ではなく、「困りごとをスパッと解決する道具」です。
- 段ボールを切るときに、手が痛くならない。
- ペットボトルのラベルやキャップ周りを安全に切れる。
- 細かい切り絵でも紙がガサガサにならない。
ひとつひとつのハサミの裏側には、「あるお客様の具体的な困りごと」があります。そこに丁寧に向き合ってきたからこそ、長谷川刃物は価格競争から離れ、自分たちの土俵で勝負できるようになりました。
中小企業診断士としての視点:長谷川刃物の伸びしろ
ここからは、中小企業診断士としての提案です。長谷川刃物には、まだまだ伸ばせるポイントがいくつもあります。
1. 伝える力を強化する(ストーリーと技術の発信)
長谷川刃物の価値は、「刃物のまちで培われた歴史」と「二枚の刃を調整する職人技」にあります。これをもっと可視化すべきです。
- 刃合わせや研ぎの様子を動画で発信
- 用途別ハサミの上手な使い方・長持ちさせるコツ
- 他社製品との切れ味比較を数値や動画で示す
- ユーザーの不満や要望を収集する専用フォームの設置
「刃物のまち」「職人技」「困りごと解決」というキーワードを軸に、SNSやウェブで継続的に発信していくことで、ブランドの世界観がより伝わりやすくなります。
2. 市場を広げる:医療・アウトドア・介護・DIYへ
ハサミの活躍する現場は、まだまだたくさんあります。
- 医療用ハサミ(衛生性・精密さ重視)
- アウトドア用ハサミ(ロープ・布・食品など多用途対応)
- 介護・シニア向け(軽い力で切れる、安全性重視)
- DIY・クラフト向け(厚紙・革・布などのカット)
- 左利きや手の小さい人専用のハサミ
こうした用途ごとのラインナップを整理し、「一般向け」「専門職向け」「課題解決向け(シニア・左利きなど)」とブランド体系を分かりやすく見せることで、選びやすさと信頼感が高まります。
3. 地域とのコラボ:刃物のまち全体でブランド化
関市という「刃物のまち」のブランドは、世界に対しても大きな価値があります。地場企業と連携し、
- 地域限定モデルの開発
- 刃物のまちフェアやワークショップ
- 刃物関連イベントでの共同プロモーション
などを行えば、補助金の活用も含めて「地域×企業」の相乗効果が期待できます。
4. 年会費制アフターサービスで“長く付き合う関係”へ
長く使える道具だからこそ、「売って終わり」ではなく「使い続けるサポート」が重要です。
- 年会費制の会員サービス
- 定期的な研ぎ直しサービス
- 故障時の優先対応
- 会員限定の新商品先行案内
こうした仕組みは、ファンづくりと売上の安定化の両方に効きます。
5. 海外展開:国ごとのニーズに合わせた刃物開発
刃物のニーズは、国や文化ごとに大きく異なります。
- 欧州:キッチン・料理人向けのハサミ
- 北米:クラフト・DIY向けのハサミ
- アジア:美容・セルフケア向けのハサミ
それぞれの地域ごとに用途を絞った商品開発を行い、ウェブやSNSを通じて発信していくことで、「世界の困りごとを刃物で解決するブランド」としてのポジションを確立できます。
おわりに:困りごとを、スパッと切り開く会社
長谷川刃物の本質は、「困りごとを、刃物の力で片づける」ことにあります。
安さで勝てないなら、価値で選ばれる存在になる。そのために、使う人の声を聞き、用途に寄り添い、職人技を磨き続けてきた結果が、今の長谷川刃物です。
これからの中小製造業に求められるのは、単にモノを作ることではありません。
「誰の、どんな困りごとを、どう切り開くのか?」
長谷川刃物は、その問いに真正面から向き合っている企業のひとつだと言えます。


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