老舗和菓子店、と聞くと「変わらない味」「職人の世界」「静かな暖簾」そんなイメージを持つ人も多いかもしれません。
では、そのど真ん中に「元ギャルの20代社長」が立ったら、何が起きるのか。
今回取り上げる岡埜本店(1887年創業・従業員20人)は、まさにその問いに“結果”で答えた企業です。
1日1個も売れなかった葛ゼリーが、2日で1000本売れた日
岡埜本店は創業136年の老舗。看板商品は歯切れの良い豆大福で、創業者は有名和菓子店で修行したという「技術の系譜」を持っています。ここが土台として強い。
そんな老舗に就任した社長は、もともと「自分に自信がない」「ついていくタイプ」「元ギャル」と語ります。ただし、芯にあるのは強い信念です。
- 人のためになる商いがしたい
- 商品ロスを減らしたい
そこで最初に向き合ったのが、売れ残りの問題でした。「売れていない商品はやめる」という発想自体は合理的です。象徴的だったのが葛ゼリー。
“1日に1個売れるか売れないか”というレベルの商品だったそうです。
普通なら「廃番」で終わります。ところが社長は一度だけ立ち止まります。
「凍らせたら、どうなるんだろう?」
結果、葛ゼリーは「葛キャンディー」として生まれ変わり、2日で1000本売れる商品になりました。ここが、この会社の転機です。
「元ギャルが老舗を改革」──SNSでバズり、生産現場が悲鳴を上げる
追い風になったのはSNS。
「元ギャルが老舗を改革」というストーリー性は強く、拡散しやすい構造を持っています。
しかし、売れることは“同時にリスク”でもあります。
- 1日2500本の注文が入り、生産側がパニック
- ロスは減ったが、職人の負担が急増
- 「アイスを作るためにここにいるんじゃない」と職人が退職
社長は悩みます。「自分の挑戦が、誰かを苦しめているならやめるべきか」。
そこで背中を押したのが、葛の仕入れ先からの言葉でした。
「ありがとう。うちの葛が、こんな形で生きるなんて思わなかった」
この出来事から社長が得た学びは、“拡大しつつ、無理はしない”というバランス感覚。言い換えると、「足るを知る経営」です。
岡埜本店の強みは「全部を同時に持っている」こと
診断士の視点で整理すると、岡埜本店はかなり珍しい「強みの重なり方」をしています。
- 136年の老舗の信用(土台として強い)
- 豆大福を支える職人技(味の再現性・品質維持)
- 若社長のアイディア力(商品の再定義ができる)
- SNS時代のストーリー性(発信が武器になる)
- 職人と向き合う姿勢(衝突を抱え込まず課題化できる)
どれか1つなら他社にもあります。
全部を同時に持つ企業は、ほとんどありません。
中小企業診断士としてのアドバイス
岡埜本店は、葛キャンディーで年商1.3億を約2倍に伸ばし、売上の半分を葛キャンディーが占めるまでになったとのこと。すでに成果は出ています。
ただし、ここから先は難易度が一段上がります。理由は明快で、「ヒットの次は、仕組み化と利益化の戦い」になるからです。
今、最大の課題は3つ
- 需要増に生産体制が追いつかない(売れた瞬間が一番危ない)
- 一過性のバズで終わるリスク(SNS起点の宿命)
- 売上は伸びても利益が残らない構造(人手・手間・固定費の圧)
この3点を同時に解く「時間順の戦略」を、短期→中期→長期で提案します。
【短期】物語 × エビデンス × 生産設計(売上の波を“経営”に変える)
① 伝える:ストーリーを“思想”として残す
岡埜本店の強みは商品だけではありません。
- 元ギャルから和菓子社長になった理由
- 「人のためになりたい」という原点
- 職人の退職という痛みを通じて得た学び
- 足るを知る、という経営の姿勢
これは単なる成功談ではなく、ブランドの思想そのものです。SNS・Web・取材で一貫させ、「なぜその商いをするのか」を繰り返し伝えるべきです。
② 商品理解を“感覚”から“理由”へ(エビデンスで強くする)
葛キャンディーは「優しい」「食べやすい」だけでは長く売れません。次の段階に進むには、比較の根拠が必要です。
- 一般的なアイスとの違い(食感・溶け方・満足感)を言語化
- 栄養成分・カロリー・糖質などの基本情報を整理
- 用途提案(つわり時、食欲が落ちた時、運動後、ダイエット中)を明確化
「効能」を断定するのではなく、“どんな人にどう喜ばれたか”という事実+成分情報で積み上げるのが安全で強い方法です。
③ 生産体制:全部は渡さない外注戦略(職人文化と拡大の両立)
ここが最重要です。売上の波に対して、現場の持続性が崩れたら負けです。
- 工程を分解し「職人でなくてもできる工程」と「職人にしかできない工程」を切り分ける
- 外注するのは“渡してよい工程だけ”に限定
- レシピや温度条件などの情報は開示範囲を最小化
- 守秘義務・競業避止・品質基準の契約を必ずセット
- 社内は標準化(手順書・チェックリスト)で再現性を上げる
要するに、「職人を増やす」のではなく「職人の負担を減らす設計」に切り替えるべきです。
【中期】法人向けで“安定収益の柱”を作る(BtoBは波をならす)
次の一手はBtoBです。狙いは売上拡大というより、受注の安定化と利益の安定化です。
- カフェ・レストラン(デザート提供)
- ホテル・旅館(地域の名物として)
- 百貨店(季節フェア・催事)
- 介護施設(食べやすさ・やさしい甘さの文脈)
- スポーツジム・スポーツ団体(運動後の“軽いご褒美”提案)
ここで大事なのは、安売りをしないこと。
「価値が伝わる場所」に絞り、取引条件(ロット・納品頻度・品質保証)を先に設計してから広げるのが鉄則です。
【長期】ファンと一緒に続く商いへ(LTVモデルへの進化)
岡埜本店に合っているのは、“売り続ける仕組み”より“続きたくなる関係”です。
- ワークショップ(葛の魅力、和菓子文化、職人の技)
- ファンコミュニティ(食べ方・アレンジ募集、新商品アイディア募集)
- サブスク(季節限定、ファン限定、数量限定)
「買って終わり」ではなく「関係が積み上がる」モデルに変えることで、SNSバズに依存しない安定性が生まれます。
KPIでブレを止める(“売れた”ではなく“続いている”を測る)
最後に、KPIの置き方です。岡埜本店は“売上”だけ追うと現場が壊れやすい。だから、経営としては「持続性」を測る指標が必要です。
- KGI:営業利益率
- 売上:客数/客単価/法人売上比率
- LTV:リピート率/ファン比率/サブスク契約数
- 生産力:標準化率/職人稼働率/連携パートナー数/ロス率
- 粗利:販路別粗利率(EC・直販・催事・BtoB)/商品別粗利率
結論として、岡埜本店が次に勝つ道は「拡大」ではなく、“拡大しても壊れない設計”です。
おわりに:拡大しない勇気も、立派な経営判断
岡埜本店の物語は「元ギャルが老舗を変えた話」では終わりません。
「誰のために、どこまでやるか」を問い続けた話です。
足るを知り、無理をせず、それでも挑戦をやめない。
このバランス感覚こそ、これからの老舗企業が最も学ぶべき経営姿勢だと、中小企業診断士として強く感じます。

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