「日本人は、もう魚を食べなくなった」
そう言われて久しくなりました。実際、日本人の魚介類消費量は2001年をピークに落ち込み、今では当時の半分以下とも言われます。
京都・舞鶴。かつて干物業者が7軒あった港町も、今では1軒だけ。
それが、1877年創業・5代目が守る干物専門店「魚伝」です。
若者に鼻で笑われた「干物」が、すべての始まりだった
東京で干物を売ったとき、若者から返ってきた言葉は冷たかった。
「干物って……今どき誰が食べるんですか?」
社長はショックを受けます。しかし、ここで折れなかった。
「魚が悪いわけではない。干物が悪いわけでもない。食べ方と伝え方が時代に合っていないのではないか」
この気づきが、魚伝の挑戦の出発点でした。
半年間、失敗し続けた「干物×洋風」への挑戦
転機は、マーケティング会社の知人からの一言。
「干物って、洋風にアレンジできませんか?」
社長は“グリルで焼く干物”という常識を捨てる決断をします。
狙ったのは、フライパンで簡単に作れるアクアパッツァ用の干物。
- 魚に合う漬け汁は何か
- 塩分はどこまで落とすべきか
- 焼かずに火を入れても旨味が残るか
試行錯誤は半年。何度も失敗し、何度も作り直し、ようやく商品化にこぎつけました。
そして結果は明確でした。
「干物なのに、おしゃれ」「魚が苦手だったのに食べられた」
価値で選ばれる商品となり、売上は5年前の2倍以上へ。
魚伝の強みは「三つ揃っている」こと
① 作る力:妥協しない職人技
魚伝の強みは、まず「作る力」にあります。効率よりも味を優先する工程が、商品価値を支えています。
- 魚は値段ではなく目利きで選ぶ(妥協しない魚選び)
- 血合いはブラシで丁寧に洗い、臭みを落とす
- 中骨は包丁ではなく手で抜き、身を崩さない
- 塩は旨味のあるモンゴル産を採用
- 漬け込み時間は熟練の経験値で決まる
どれも「真似はできるが、続けられない」工程です。ここがブランドの芯になります。
② 産地としてのブランド:舞鶴
舞鶴は全国でも有数の港町で、200種類以上の魚が水揚げされる土地柄。産地が持つ信頼が、商品に自然な説得力を与えます。
③ 売る力:若者向けの商品設計と販路
価格で勝負しない。価値で買ってくれる顧客・取引先と組む。
「若者に干物を食べさせる」ではなく「若者の生活に干物を入る形に再設計した」のが、本質です。
中小企業診断士として見た「魚伝」の現在地
ここからは診断士の視点で、魚伝の「強みを守りながら伸ばす」ための打ち手を具体化します。
最大の論点:売上ではなく「利益が残る構造」を作る
魚伝はこれまで、価値で売上を伸ばしてきました。これは素晴らしい。
ただし、今後は売上拡大=安泰ではありません。理由は3つあります。
- BtoB中心は利益率が低くなりがち(忙しいのに儲からないが起きやすい)
- 社長依存の生産体制(需要増がそのまま社長負荷になる)
- 国内市場の縮小(魚離れ・人口減は構造要因で、戻りにくい)
よって、次のテーマは一貫してこれです。
干物を「商品」ではなく「事業」として捉え、利益が残る仕組みへ変える
診断士としての提案:短期・中期・長期での現実解
短期:BtoB深耕+生産標準化(社長負荷を減らして利益率を上げる)
短期の最優先は、価値の可視化と、属人性のコントロールです。
1)「おいしい」の可視化(言語化+エビデンス化)
魚伝は味に自信がある。だからこそ「感覚」から「伝わる形」へ翻訳する必要があります。
- 旨味成分(例:イノシン酸、グルタミン酸)の比較
- 臭み成分の低さ(工程が効いている証拠)
- 下処理の工程の意味(なぜブラシで洗うのか等)
これらはBtoBの価格交渉力にも直結します。「高い」ではなく「合理的に価値がある」へ変換できます。
2)生産の標準化(全部やらない。社長の負荷が減るところから)
標準化の落とし穴は「全部マニュアル化しようとして挫折する」ことです。
魚伝の正解は、職人技の核心は残し、周辺作業を標準化すること。
- 下処理工程を「職人でないと無理」と「訓練すれば可能」に分解
- 訓練すれば可能な工程を、手順書+動画で整備
- 品質のばらつきが出やすい工程だけ、チェックポイントを設置
狙いは「社長の時間を売上に直結させない」こと。これができると、伸びても崩れません。
3)法人向けサブスク(“毎年必ず出る売上”を作る)
社長負荷が少し下がったタイミングで、法人向けの定期契約を検討します。
- 季節魚の定期納品(献立提案付き)
- 下処理ノウハウの共有(飲食向け)
- 新メニューの共同開発(設計から参画=利益率が上がる)
単発の納品から「関係性の契約」へ変えることが、安定収益と価格交渉力の源泉です。
中期:BtoC拡大(粗利とリピートで“利益が残る土台”を作る)
BtoBは量を作りやすい一方、利益が薄くなりがちです。
その弱点を補うのがBtoCです。目的は売上拡大ではなく、粗利率とリピート率の安定です。
1)用途別発信(魚嫌いを含めて市場を広げる)
- 子ども向け:骨が少ない、匂いが少ない、簡単調理
- 時短向け:フライパン一つ、10分で主菜
- 自分へのご褒美:ワインに合う、週末の一皿
2)個人向けサブスク(LTV設計)
- 季節の魚の定期便
- レシピ・動画・ソースセット込み
- “次回購入理由”を商品側に埋め込む(ソース違い、季節違い)
3)体験(料理教室・さばき体験・インバウンド)
体験は売上よりも「ファン化」に効きます。ファンが増えると、価格ではなく応援で買われるようになります。
長期:海外(売る前に“知ってもらう”が正解)
海外展開は、最初から売上を狙うと失敗しやすいです。理由は物流・返品・品質維持のコストが重いから。
魚伝の現実解は、まずブランド認知です。
- 商社経由でテスト販売
- 国内取引先の海外店舗での限定展開
- インバウンド客向けにEC導線を作り、帰国後のリピートを狙う
海外は「売上を作る市場」ではなく「ファンを作る市場」から入る。これが長期の安定性を生みます。
まとめ:魚伝が次に勝つための一言
魚伝は、干物を「焼いて売るもの」から、生活に入り込む体験型の食へ変換した企業です。
次の勝負は、
- 売上より利益率
- 勘より仕組み
- 単発より継続
干物を「商品」ではなく「事業」として設計できれば、魚離れの時代でも勝てます。
魚伝の挑戦は、地方の食文化が生き残るモデルケースになり得ます。

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