仏具業界は、静かに、しかし確実に縮んでいます。
葬儀や供養の形は多様化し、檀家は減り、「仏具=必要不可欠」という時代は終わりつつある。そんな逆風の中で、家業を継ぐことから一度は逃げ、それでも戻り、まったく別の切り口で事業を再生させた職人がいます。
それが、シマタニ昇龍工房(仏具おりん/おりん職人4代目/鍛金技術)です。
家を飛び出した四代目が辿り着いた答え
「おりんの家に生まれたこと」が誇りではなかった
四代目は「おりんを作る家」に生まれました。けれど、素直に家業を継ぐ気にはなれなかった。反発し、家を飛び出し、料理人を目指す——しかし挫折します。
そんな時に出会った奉仕活動の女性から、ふと投げかけられた一言。
「仏様の道具を作る家系に生まれるなんて、素晴らしいことじゃないですか」
この言葉が、胸に刺さる。「自分は何を否定していたのだろうか」「この技術を、自分の代で終わらせていいのか」。そうして家業に戻る決断をします。
しかし現実は、2期連続赤字
戻った先に待っていたのは“理想”ではなく“現実”でした。
- 仏具需要は細る一方
- 檀家は減り続ける
- 家業は2期連続赤字
「良いものを作っていれば、いつか売れる」そんな時代では、もうありません。ここで多くの老舗は、価格を下げるか、諦めるか、どちらかを選びます。しかし四代目は別の道を選びました。
東京で1日20軒。セレクトショップを回る日々
「売れない理由は技術ではない。“使い道”と“伝え方”がないのではないか」——そう考え、東京へ。1日に20軒ものセレクトショップを回る日々が続きます。
仏具としてではなく、“主役になる金属製品”は作れないか。そこで着目したのが、錫(すず)×鍛金技術でした。
- しなやかさ
- 強度
- 形を変えられる自由度
これを活かした食器が生まれます。それが「すずがみ」でした。
SNSでバズり、7万枚が売れた「すずがみ」
すずがみはSNSで拡散されます。
- くしゃっと曲げられる
- 戻せる
- 使う人によって形が変わる
「工芸品」ではなく、“使うことで完成する道具”として評価された。結果、累計販売数は70,000枚超。赤字は解消し、固定費を回収できる体質になり、職人の採用にも成功します。
シマタニ昇龍工房の本当の強み
この会社の強みは単体ではありません。
- 全国の僧侶が認める、誰にも真似できない「調音技術」
- 鍛金という、再現性の低い職人技
- 四代目のアイディア力と行動力
- 技術を“売れる形”に変換できた実績
技術 × 発想 × 行動 × 販売。このすべてが揃っている工房は稀です。
中小企業診断士としてのアドバイス(ここが本題)
「商品が当たった」で終わらせないために
すずがみはヒット商品ですが、このままでは再び不安定な経営に戻るリスクがあります。理由は明確です。
- ヒット商品はいずれ競合が出る(模倣・類似品)
- ブームは必ず落ち着く(需要が平準化する)
- 職人依存が続けば供給が詰まる(機会損失・納期悪化)
だからこそ、すずがみを「商品」ではなく「事業」として設計し直す必要があります。ポイントは、①継続売上の設計、②高粗利チャネルの拡大、③生産力のボトルネック解消です。
論点①|すずがみを「主力事業」として定義し直す
今後の軸は明確です。
- すずがみで固定費(工房・職人)を回収し続ける
- 安定的な売上を作る(単発ヒットから平準化へ)
- 採用・育成の土台にする(供給制約を外す)
そのために必要なのが、リピート設計(LTV)と用途の明確化です。「欲しい人が買う」から、「使い続ける仕組み」へ移行させます。
短期施策|主力事業の“足腰”を固める(最優先)
短期の狙いは、(1)既存顧客の再購入率を上げることと、(2)生産力の詰まりを事前に解くことです。
- 購入者への再接点設計:補修・メンテ案内、季節の使い方提案、ギフト提案
- 体験価値の強化:「自分だけの食器作り」ワークショップ(工房体験/出張体験)
- 工程分解による育成:職人技でない工程は標準化し、職人技は意図して残す
ここで重要なのは「全部を標準化しない」ことです。ブランド価値の源泉(触感・しなり・仕上げ・音・質感)は残し、再現可能な工程だけを標準化する。これが“職人依存”を“組織能力”に変換する王道です。
中期施策|すずがみ拡大 × おりん再定義(第二の柱づくり)
中期は、すずがみの法人化(BtoB)と、おりんを「金のなる木事業」として育てる二段構えが合理的です。
すずがみ(主力事業)|法人向けの狙いどころ
- 介護・医療(食事の時間=QOL/嚥下配慮の器提案など)
- 和を大事にする飲食店・旅館・ホテル(体験価値を上げる器)
- 日本文化を重視する法人(贈答・インバウンド向け体験)
BtoBは単価が上がるだけでなく、需要が読める(計画生産に乗せやすい)というメリットがあります。工房ビジネスで最も痛いのは「急に売れる」こと。BtoB比率を上げると、供給計画が立ちやすくなります。
おりん(金のなる木事業)|「仏具」からの解放が鍵
おりんを仏具としてだけ語ると、市場縮小に巻き込まれます。したがって、「音で整える道具」として用途を広げるのが現実的です。
- アウトドア(朝の整い・儀式化)
- サウナ(ととのいの導入音)
- 集中・瞑想・呼吸(マインドフルネス用途)
- 疲労回復・リラックス(音のルーティン化)
ここで効くのが、調音技術の“エビデンス化”です。音の余韻、周波数特性、聞こえ方の違いなどを、語れる形にして「比較できる価値」へ変換します。職人技を“言語化”できる会社は強いです。
長期施策|海外は「直販」ではなく「再購入導線」から
海外は魅力的ですが、いきなり直販はおすすめしません。物流・返品・CS対応で利益が溶けるからです。順序は以下が堅いです。
- インバウンドで知ってもらう(体験・工房見学・イベント)
- 帰国後の再購入導線(多言語LP/再購入しやすい商品設計)
- 商社・海外販売店経由(小さく検証)
- その後に直販(採算と運用が読めた段階)
海外展開は「売上拡大」よりも、まずブランド価値の補強として効かせるのが良いです。海外で評価されると国内での説得力が上がり、BtoBの単価も上げやすくなります。
KPIツリー(経営として回すための最低限)
最後に、実務として回すためのKPIの骨格です。ポイントは「売上」「利益」「認知」「生産力」を同時に見て、どこが詰まっているかを早期に発見できること。
- KGI:営業利益率
- 売上:商品別売上構成/法人売上比率/海外売上比率
- 利益率:チャネル別貢献利益率(直販・卸・法人)/商品別貢献利益率
- 認知:SNSフォロワー数/イベント開催数/用途発信数
- 生産力:工程分解率/マニュアル作成率/若手育成率/外部パートナー数
特に「工程分解率」「マニュアル作成率」は、職人ビジネスにおける未来投資のKPIです。売上だけを追うと、次の繁忙期に必ず詰まります。売上と同じ熱量で、生産力KPIを追うのが持続成長の条件です。
おわりに
シマタニ昇龍工房の物語は「伝統を守った話」ではありません。伝統を“使える形”に変えた話です。技術だけでなく、事業として設計できる経営者がいる。だから、この工房はまだ伸びます。

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