防音パネルメーカー・静科は、2006年創業、従業員9人の小さな会社です。
大企業との取引もあるものの、もともとは技術畑の集団で、営業やコスト意識はあまり強くありませんでした。
その静科が、大きな転機を迎えたのは「先代の死」と「8000万円の借金」でした。
■ 先代の急逝と8000万円の借金。技術屋集団に突きつけられた現実
先代が亡くなったあとに残されたのは、約8000万円もの借金。そして、技術には自信があるが、販路拡大もコスト管理も十分とは言えない組織体質。
そんな中で、現社長の胸に残ったのが、先代の言葉でした。
「静科の商品は世のため人のためになっている。お客様から本当に喜ばれる仕事なんだぞ」
この言葉をよりどころに、「音に困っている人の役に立つ会社であり続ける」という軸が、経営の真ん中に据えられていきます。
■ 東日本大震災で主要案件がストップ。それでも「無償提供」を選んだ理由
転機は東日本大震災でした。
それまで売上の柱だった高速道路関連の案件が、震災の影響で途切れてしまいます。小さな会社にとって、これは致命傷になりかねません。
そんな状況で静科が取った行動は、常識から見ると逆張りでした。
「仮設住宅に、防音パネルを無償提供する」
もちろん利益にはなりません。むしろ資金的には苦しくなります。それでもやったのは、「音のストレスから少しでも人を救いたい」という思いがあったからです。
この取り組みがメディアに取り上げられ、静科という名前が一気に知られるようになりました。静科はここで、「防音は社会課題の解決につながる」という確信を強めていきます。
■ 静科の武器:薄くて軽いのに静か。防音パネル「一人静」
静科の代表商品が、防音パネル「一人静」です。
- 薄くて軽いのに高い防音性能を発揮する
- ハニカム材を特殊加工した特許技術
- 工場、オフィス、高速道路の橋、新幹線などでも採用される品質
- 大企業とも取引できる信頼性
「静かにしたいけれど、分厚い壁は作れない」「重量物は使えない」という現場の制約に応えられるのが、このパネルの大きな価値です。
■ 診断士として見える、静科の伸びしろ
静科は高い技術を持つ一方で、OEM主体・少人数ゆえの限界もあります。ここからさらに伸ばしていくためのポイントを、中小企業診断士の視点から整理してみます。
1.コラボで「パネル+施工+測定」のセット販売(川下への展開)
静科単体では、パネルを作ることはできても、施工や測定までワンストップで対応するのは難しい状況です。
そこで、
- 地元の施工会社
- 建築会社・内装業者
- 防音工事会社・消音設備メーカー
とコラボし、「パネル+施工+防音性能の測定」をパッケージにしたセット販売を行うイメージです。
技術単体では価格競争に巻き込まれますが、「課題解決サービス」として売ることで、大企業相手にも提案しやすくなります。
2.川下へ:一般ユーザー向けの簡易モデルを強化
静科の防音技術は、工場や高速道路だけでなく、生活者にとっても価値があります。
- マグネットで貼るだけのパネル
- 自立式で置くだけの簡易吸音パネル
- 配信者・楽器演奏者・テレワーカー向けのセット商品
人気YouTuberや音楽系クリエイター、在宅勤務者とコラボすることで、「音のストレスを減らすライフスタイルアイテム」として認知を広げることができます。
3.チャネルを広げる:自治体・公共領域への提案
防音は、家庭や工場だけの話ではありません。避難所や公共施設でも、音の問題は大きなテーマです。
- 避難所のプライバシー確保のための簡易パネル
- 乳幼児の鳴き声や夜間の騒音対策
- 高齢者施設の静かな空間づくり
自治体向けに「静かな避難所・静かな共用空間」の提案を行い、補助金を活用しながら導入を進めることも考えられます。
4.海外展開:騒音問題が深刻な都市部へ
香港・台湾・ベトナムなど、アジアの都市部では日本以上に騒音が深刻な地域もあります。
静科の「薄くて軽い・取り付けやすい」防音パネルは、こうした地域との相性が良く、商社や現地パートナーを通じた展開が期待できます。
5.技術の横展開:断熱・防臭・小さな空間づくりへ
ハニカム構造の技術は、防音だけにとどまりません。
- 防音+断熱パネル(冬は暖かく夏は涼しい空間づくり)
- ペット向け防音・防臭ブース
- ワンルーム用の「簡易自分スペース」づくり
「音のストレスを減らす」から一歩進めて、「心地よい空間をつくる会社」としてポジションを取りにいくこともできます。
6.価格帯を分けて、選びやすくする
防音と一口に言っても、求める性能は人によって違います。
- テレワークの音漏れを少し和らげたい
- 子供の足音やピアノの音を抑えたい
- 本格的なスタジオレベルが欲しい
性能と価格でグレードを分け、「あなたの用途にはこのセットがおすすめです」と提案できるようにすることで、比較されやすくなり、選ばれやすくもなります。
7.伝える力の強化:「音のあるある」から語る
静科の原点は、「音に困っている人を助ける」という姿勢にあります。
- 集中したいのに生活音が気になる
- 子供をのびのび育てたいが、足音が気になる
- 楽器を諦めたくないが、近隣クレームが怖い
- 在宅勤務で、オンライン会議の声が家族に丸聞こえ
こうした日常の「音のあるある」からスタートし、「その悩みをこう解決できます」と具体的なシーン提案をすることで、防音パネルがぐっと身近になります。
■ まとめ:静科は「音を小さくする会社」ではなく、「人の困りごとを小さくする会社」
静科の歴史を振り返ると、単なる防音パネルメーカーという枠を超えた存在に見えてきます。
- 先代の急逝と8000万円の借金
- 東日本大震災での売上減少
- それでも仮設住宅に防音パネルを無償提供した決断
そこに一貫しているのは、「音に困る人の役に立ちたい」という思いです。
中小企業診断士の視点で見ると、静科は「技術 × 社会課題 × パートナー連携」で伸びていく典型的な企業です。
音のストレスが増えている今だからこそ、小さな防音メーカーの挑戦は、これからますます注目されていくはずです。


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