日本酒は、ずっと縮小市場だと言われています。飲む人が減り、売り場は狭まり、値上げをするとすぐ反発が来る。
極端な話、日本酒は100円上げただけでクレームが来るのに、ワインは数十万円、数百万円でも受け入れられる。こうした“価格の天井”こそ、日本酒メーカーにとって最大の壁です。
群馬の永井酒造(1886年、29人)は、その壁に正面から挑みました。結論から言うと、挑んだだけではありません。
「日本酒の価値を高める」という決断を商品として実装し、国際舞台の乾杯酒にまで持っていった会社です。
「寝かせるなんて何事だ」社内総反対から始まった挑戦
永井酒造の社長が掲げたのは、日本酒の価値を“価格として”取り戻すこと。しかし当時、社内は大反対でした。
「日本酒は新酒に限る。寝かせるとは何事だ」
日本酒業界では、“熟成=劣化”と見られがちです。香味が崩れやすく、保管条件も難しい。下手をすれば「古くなった酒」と言われる。
それでも社長は覚悟を決めます。
「売れなかったら、自分の給料を返してもいい」
──が、追い打ちが来ます。その矢先、先代の多額の借金が判明。売上が落ち、社員も辞めていく。普通なら、挑戦をやめる理由がそろいすぎている局面です。
それでも諦めなかった。社長は自ら渡仏し、学びます。
「劣化と熟成は、紙一重」
そこから700回以上の失敗。失敗を“経験談”で終わらせず、積み上げていく。そしてついに、ヴィンテージ日本酒の開発に成功します。
技術の核:米と麹だけで「ガス圧のあるスパークリング」を作る
永井酒造の強みは、単に“珍しい酒”ではありません。技術的に前例が少ない領域で、再現性のある品質を作っている点が凄い。
代表例がスパークリング日本酒です。一般的なスパークリングは、炭酸ガス注入などで作られることが多い。しかし永井酒造は、米と麹だけでガス気圧のある日本酒を作る。これは、発酵・糖化・ガス圧のコントロールが難しく、杜氏の技術が問われます。
さらに永井酒造は「サイエンスと五感」を併用しています。
- 麹の出来具合いは人が見る(五感の領域)
- できる部分は機械に任せる(品質維持と効率化)
- 失敗データを蓄積し、熟成の見極め判断や発酵ノウハウを体系化する
「人間の勘だけ」でもない。「機械任せ」でもない。住み分けで、品質と生産性の両立を狙っている。
国際舞台へ:乾杯酒に採用される“理由”
永井酒造はすでに欧州・アジアにも出荷し、海外のレストランとのパイプもある。そして国際舞台(伊勢志摩サミットなど)で乾杯酒として扱われるほどの認知を得ています。
ここで重要なのは、単なる「海外で売れた」ではなく、“高級の場で成立する酒”として認識されたこと。つまり、値付けの天井を突破する方向性が、商品と実績で裏付けられたということです。
中小企業診断士としてのアドバイス
永井酒造は、縮小する日本酒市場の中で、社長の伝統を守り、残したいという思いと執念、行動力、杜氏の日本酒製造技術を活かし、日本酒に新たな付加価値を持たせ、知名度アップとチャネル拡大で成長してきた企業です。
一方で、日本酒製造業界には構造的な難しさがあります。属人化が強く、在庫管理も難しく、ロスも多い。また杜氏も高齢化しており、固定費比率も高い業界です。したがって今後は、生産体制の強化や属人化解消を図り、中長期的な事業継続を行える基盤を作ることが重要です。その上でファンの育成やチャネル拡大を図ることで、さらなる事業拡大を目指すのが良いと考えます。具体的には以下です。
1)伝える:価値の証明を「ストーリー×実績×比較」で固める
SNSやウェブを使い、社長の経歴ストーリーや会社の実績(伊勢志摩サミットでの乾杯酒、海外取引の実績)を発信します。また、スパークリングワインとの味わいの比較も有効です。可能であれば、カロリーや健康指標などのエビデンスを公開し、飲み方提案(週末のお疲れ様、食べ物との相性など)を具体的に示すと納得感が高まります。
さらに会員制でファンとの交流を図り、おすすめの飲み方の共有やヴィンテージ日本酒の限定試飲会などを企画することで、価格に対する“納得”と“体験価値”を積み上げられます。
2)広げる:用途別ブランドと高級チャネルで収益の柱を太くする
用途別ブランド(シニア向け、女性向け、コアな日本酒ファン向けなど)を作り、価値の入口を明確化します。ファン向けサブスクも有効ですが、単に酒を送るのではなく、限定情報・限定試飲・料理とのペアリング提案など、体験設計を含めるとLTVが上がります。
また、日本酒を納めるだけでなく、店舗コンセプトを立案する際の助言(店に合った日本酒の企画相談)から入ることで、価格競争から距離を取りやすくなります。収益の柱として、高級日本酒の料理店、高級ホテル、海外の高級レストランへの営業アプローチを加速することも重要です。
3)組織改革:杜氏依存とロスを減らし、継続できる製造基盤を作る
杜氏の技術を標準化し、動画マニュアルなどを作ることで若手への継承を進めます。同時に、熟成時間や温度、湿度、光度などをデータ化し、適切な熟成環境を提案・管理できる状態を作ることが望ましいです。
ただし、いきなりAI開発から始めるべきではありません。まずはデータ取得と現場が使えるガイドづくりなど、できることから始めることが重要です。
また、工場見学イベントを行い、採用拡大を図ることも有効です。将来の収益柱づくりのため、営業部隊を新設し、上記の「伝える」をSNSやウェブで継続的に発信することで、認知度向上と営業力アップをつなげます。
4)コラボ:酒の価値を“生活接点”に翻訳する
お菓子やスイーツメーカーとコラボし酒粕スイーツを作る、化粧品メーカーや健康食品メーカーとコラボし化粧品や健康食品を企画するなども面白い選択肢です。酒単体の市場が縮む中で、価値の翻訳先を増やすことで販売機会を増やせます。
5)取り組みの優先順位:一気にやらず、できることから積む
- 伝える:SNSやウェブで発信し、認知度を上げファンとの関係性を深める。
- 組織改革:属人化解消や生産性向上(ロス率削減、不良率削減など)を、ITも活用しながら進める。採用拡大にも力を入れ、将来の事業拡大のため営業力を上げる体制を作る。
- 収益の柱作り:無理をしすぎず、地域限定のアプローチから始める。
- 用途別ブランド作り:ブランドをより明確に刺し、認知度を確固たるものにする。
- サブスクや相談サービス、コラボによる新商品開発:安定的な売上や高利益サービスの拡大につなぐ。
6)KPI:継承・品質・収益の因果で管理する
- 若手継承人数・採用人数 → 標準化率(標準化実施済工数の割合)→生産安定度 → 不良率、ロス率
- 売上構成:スパークリング日本酒売上比率、ヴィンテージ日本酒売上比率、用途別ブランド売上比率
- 営業利益率:商品別、ブランド別
- 認知度:フォロワー数、イベント参加数 → ファン数 → LTV → 売上、営業利益率
「継承・安定生産 → 品質・ロス → 付加価値売上 → 利益」と「認知 → ファン → LTV → 売上」の2系統で追うことで、縮小市場でも判断がブレにくくなります。
まとめ:永井酒造が示したのは「日本酒は値上げできる」の証明
永井酒造の物語は、単なるヒット商品ではありません。“価格の天井”に挑み、日本酒の価値を上げた会社の再現性ある戦い方です。
次の勝負は、価値を語り続けながら、杜氏依存を減らし、品質と供給の基盤を作り、高級市場での柱を太くしていくこと。ここを積み上げられた企業が、縮小市場でも勝ち残ります。


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