化学薬品を扱う島田商店は、長いあいだ「毎日の業務をこなすだけ」というマンネリ状態に陥っていました。売上が劇的に落ちているわけではない。特大クレームがあったわけでもない。
ただ、会社の未来がぼんやりしている。そんな“じわじわ沈む船”のような危機感の中で、社長は決断します。
経営者の決意──「このままでは終わる」
朝来て、ルーティンをこなし、夕方になって帰るだけの毎日。悪くはない。しかし、未来も見えない。
そこで社長が掲げた方針は、シンプルですが本質的なものでした。
お客様の要望に応えることこそ、私たちの付加価値だ。
ところが、ここで立ちはだかったのが「前例のないことはやらない」という空気です。
そんな中、転機となったのがお客様からのこんなひと言でした。
「色を抜かない塩素って、作れませんか?」
「漂白されると品質管理が大変なんです」
塩素なのに色を抜かない? 聞いたことがないし、化学的にも難しいチャレンジです。先代社長からは当然のように反対されました。
それでも現社長は考えます。
「困りごとがあるところにこそ、新しい市場がある」
こうして、先代の反対を押し切り、お客様の困りごとを起点にした新商品開発がスタートしました。
スパラックス誕生──塩素の20倍の価格でも売れる理由
試行錯誤の末、生まれたのが自社商品「スパラックス」です。
- 漂白せずに殺菌できる薬品
- 汚れた水を処理する尿素水の開発技術を応用
- 価格は従来の塩素の20倍以上、それでも需要がある
普通に考えれば「高すぎて売れない」価格帯です。それでも選ばれるのは、工場や現場にとって、
- 色が抜けないこと
- 衛生レベルを維持できること
が、それほど価値のあることだからです。
さらに、肌や環境への影響に配慮した商品開発にもチャレンジし、エンバーミング剤(遺体衛生保全)や、除菌スプレー・肌トラブル対応商品など、川下(BtoC)へも展開を広げつつあります。
「困りごとこそ新市場」──島田商店のビジネスモデル
島田商店の真の強みは、単に化学薬品を作ることではありません。
- 汚れた水を処理できる技術
- 安全性と高機能性を両立する調合ノウハウ
- 社長のチャレンジ精神と行動力
これらをベースに、
「お客様の困りごとから、ビジネスの種を見つける」
という文化が根づきつつある点に、持続的な成長の可能性があります。
診断士として見た、島田商店の“伸びしろ”
ここからは中小企業診断士の視点で、島田商店がさらに成長していくためのポイントを整理してみます。
1. 組織改革──会社の「軸」を言語化する
島田商店は、化学薬品、水処理、肌ケア、除菌スプレーなど、取り扱う領域が広くなりつつあります。強みを活かすためには、会社の軸をはっきりさせることが重要です。
例えば、こんなコンセプトが考えられます。
「安全無害 × 高機能 × 水処理」に強みを持つケミカル・ソリューション企業
このような軸を社内外に共有したうえで、
- 調合レシピのデータ化
- FAQの体系化(よくあるトラブルと対応集)
- 技術継承マニュアルの整備
を進めれば、組織力の強化(属人化の解消と技術継承)が同時に進みます。
2. 伝える──エビデンスで違いを見せる
化学製品は、見た目では違いがわかりにくい商材です。だからこそ「伝え方」が重要になります。
- 他の化学製品と比べた安全性・洗浄力・刺激性のデータ
- 肌トラブル軽減の検証結果
- 水質改善のビフォー・アフター
こうしたエビデンスを用いて、SNSやウェブで発信していくことで、
- BtoB:食品工場・病院・浄水場などへの信頼獲得
- BtoC:肌トラブルに悩む個人への訴求
の両面でブランド力を高めることができます。
3. 広げる──「薬品」から「サービス」へ
薬品の販売だけに依存すると、どうしても価格競争に巻き込まれがちです。そこで有効なのが「サービス化」です。
- 水質診断サービス
- 定期メンテナンスサービス(月額課金)
- 汚水・臭気トラブルへのコンサルティング
- 既存顧客向けOEM提案(自社ブランド化支援)
特に、学校や自治体向けには、
- 水環境問題の出前講座
- 災害時の水処理・衛生対策の啓発
といった社会性の高い取り組みも、イメージアップとビジネスを両立できる領域です。
4. 広げる(新市場)──海外の「水問題」へ
世界的に見ると、水に関する課題は国ごとに性質が違います。
- 生活排水や衛生環境の課題
- 飲料水不足
- 工業用水・農業用水の汚染
日本発の「安全無害 × 高機能」な薬品は、海外市場と相性が良い領域です。災害用の水処理キットなどは、国際機関やNGO・自治体との連携の可能性も広がります。でも、こういった化学薬品の海外進出は規制が厳しいですが。。。
5. 絞る──用途・ターゲットを明確にする
一方で、「広げる」とセットで重要なのが「絞る」ことです。ターゲットを明確化することで、商品価値がより鋭く刺さるようになります。これが逆に売上増になるのです。
BtoB向けの例
- 食品工場向け:色移りNGの衛生環境に特化した洗浄・除菌剤
- 病院・介護施設向け:肌刺激の低い消毒・除菌ソリューション
- ビルメンテ・浄水場向け:水処理・消臭用ケミカル
- 災害・自治体向け:水処理キット、汚水浄化・臭気対策・除菌セット
BtoC向けの例
- アトピー肌用ハンドソープ・洗浄剤
- 食器洗いによる手荒れ対策用洗浄剤
- ニキビ・敏感肌向けスキンケア洗浄プロダクト
このように用途・ターゲットを整理すると、商品開発の方針もブレにくくなり、社内の生産ラインも分けて設計しやすくなります。
まとめ──「困りごと×技術×行動力」が未来を変える
島田商店のターニングポイントは、たった一つの顧客の声でした。
「色を抜かない塩素って、作れませんか?」
多くの会社ならスルーしてしまうような一言に向き合い、社内の反対を乗り越え、商品化まで持っていった結果、
- 新しい市場が生まれ
- 自社ブランドが育ち
- 会社の存在意義が、よりクリアになった
困りごとから始まるイノベーションは、特別なIT企業やスタートアップだけのものではありません。中小製造業やBtoB企業でも、
「困りごと × 技術 × 行動力」
を掛け合わせることで、既存事業の延長線上に新しい未来を描くことができます。
島田商店のストーリーは、その好例だと感じています。

コメント