パナソニック専門店、ヤマグチ。1965年創業、従業員39人。かつて家電量販店が台頭した頃、この地域でも“価格競争の波”が押し寄せた。
ヤマグチも当初は防衛策として安売りを試みたが、結果は芳しくなかった。
「量販店が乱立する前から、すでに白旗だった」と経営者は語る。多額の借入金を返せず、眠れない夜が続いた3年間──「生命保険で返すしかない」とさえ思ったという。
そこから導き出した答えが、たった一つ。
「安売りではなく、高売りできないことは断る」。
ヤマグチの再生は、この“逆転の決意”から始まった。
強み:価格ではなく「信頼」で選ばれる店へ
ヤマグチの最大の武器は、“裏サービス”と呼ばれるおもてなしだ。名刺の裏には、こう書かれている。
花の水やり、家具の移動、ペットのごはんやり、送迎サービス
一見、家電販売とは無関係に思える。
しかし、こうした行動の一つひとつが、顧客との深い信頼関係を築いている。
実際、顧客の7割は訪問営業による売上。外回り担当16人が、一人あたり400人の顧客を担当している。なかには、家の鍵を預ける高齢者もいるという。もはや「家電屋」というより、“地域の家族”に近い存在だ。
絞る戦略:10,000人に絞った“本当の顧客”
かつては約30,000人の顧客を抱えていたヤマグチ。しかし経営者は思い切って、継続的に購入してくれる上得意客だけに絞る決断をした。
結果として顧客数は10,000人へと減ったが、一人ひとりの満足度と購入単価が上がり、経営は安定。
「顧客を選ぶ勇気」が、次の成長につながった好例だ。
伝える力:地域を巻き込む“交流の場づくり”
ヤマグチでは、地域のつながりを重視したお客様交流イベントを定期的に開催している。商品を売るための場ではなく、“暮らしの中に寄り添う”ための場づくり。この姿勢が、地域からの信頼をさらに強固なものにしている。
診断士としての視点:デジタルで信頼を「仕組み化」せよ
- IT化:顧客データを「関係性資産」に変える 上得意のお客様をデータベース(EXCELでもよい)で管理し、家族構成・購入履歴・家電の買い替え年を可視化。営業担当者の訪問記録やサービス履歴を共有化することで、少人数でも高品質な対応を維持できる。 タブレットアプリで現場入力を可能にし、“人の勘”をデータに残す仕組みを構築する。遠方客にはLINEビデオでリモート相談を行い、“会わずに支える”営業体制へ。営業マンの効率化と顧客サービスの維持が課題。
- 広げる:高齢者支援・見守り機器の提案販売 高齢化が進む地域では、照明やセンサーなどの見守り家電が新しい需要を生む。「暮らしを守る電器店」としての役割を明確化すれば、価格競争とは無縁の市場を築ける。
- 伝える:無料と有料の線引きを明確に 便利屋化を防ぐため、有料サービス・年会費制・サブスク型サポートなどを導入。SNSやニュースレター「暮らし通信」「今月のちょっと便利情報」などで情報発信し、顧客との接点を継続的に維持する。 また、世代交代リスクに備え、子ども向けの家電教室や体験イベントも有効だ。次世代への信頼継承が、地域密着型企業の未来を支える。
- コラボ:地域連携による“支えるネットワーク”構築 地元の工務店や水道業者と連携し、リフォーム・水回り・家電の一体提案を展開。行政とも連携し、「高齢者見守り協定」に登録すれば、無料サポート部分を補助金や支援金でカバーできる仕組みづくりも可能。
まとめ:ヤマグチが教えてくれる“地域密着の本質”
ヤマグチの経営は、単なる「家電販売」ではない。顧客の暮らしそのものを支える地域インフラに近い。
安売りをやめ、信頼を軸にした“高売り経営”へ。それは勇気のいる決断だったが、結果的に地域と共に生き残る道を切り拓いた。
これからの中小企業に求められるのは、価格競争ではなく信頼競争。ヤマグチの姿勢は、そのことを静かに教えてくれる。


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